販促の分かりやすさについて。

販促に於いて、「分かりやすさ」は2大ポイントのひとつですが、
さらに分解すると、

・何なのか。
・客は、どうすれば良いのか。

ということがあります。

・何なのか。
これは主に商品やサービスの内容です。
食べ物なのか、学習塾なのか、カフェなのか・・・・
当たり前のことですが、時々、よく分からない広告もあります。
それでは、まずお客さんが欲しいと思いようがありません。

訳の分からない情報を出して興味をそそるというギミックは
例外中の例外です。綿密な戦略が必要ですし、
よほどの場合でなければリスクの方が多いです。

・客は、どうすれば良いのか。
商品のことはわかるが、どうやれば買えるのか、
あるいは申し込むにはどうすれば良いのかが
分かりにくい場合もあります。
商品に魅力を感じても、お客さんは行動することができなくて
結局、買えません。

こういうことは、感覚的に分かっているはずなのに
商品を売ろうとすると視野が狭くなって
お客さん目線を忘れてしまい、起こります。

お客さん目線で考えてみると
何を知らせると良いのかが分かります。

販促で抑えておきたい最低限のポイント。

インターネットが普及して
様々な販促手法が生まれていますが
何がどうなっても人と人とのコミュニケーションで
あることに変わりはないので、基本は同じはずです。

改めて販促の最低限のポイントを確認してみますと
この2点です。

●分かりやすいこと。
販促とは情報戦です。肝心の情報が分かりにくければ、
話になりません。

●顧客のメリットを訴求すること。
往々にして商品の特長を訴求してしまいがちですが、
顧客の心を動かすのは、園商品で顧客がどうなるかという
メリットです。

他にもポイントはいろいろ出てきますが
これを外すと成立しないというのが
この2点ではないでしょうか。

しかし、意外とこの2点が守られていない場合は
多いものです。

販促に使う写真。

販促に使う写真をおろそかにしている会社は多いものです。
光が足りない、変な影ができている、てかりがある、
などの素人写真では、せっかくの商品が台無しです。

商品以外の写真も、実は同じです。
販促物において、そういった不備な写真があると
それだけで会社のイメージがダウンします。

しかし、意外とそういう写真をカタログや
チラシに使っている会社は多いのです。
多少のことならコストをかけて
プロに頼む方が賢明です。

あるいは社内に器用な方がいたら、
いまは撮影機材が発達し、
素人でも良い写真が撮れるようになっています。
ちょっと練習すれば格段に良い写真が撮れるものです。

写真は、思いの外、イメージに影響するものです。

きっかけの重要性。

昔に比べ現代は本当に商品が多彩になっています。
スーパーに行くと、カップ麺だけでいったい何種類あるのでしょうか?
それぞれに差別化し販売を目論んでいるのですが、
お客さんがそれを買うのは、何でもないきっかけだったりします。

たまたま、TVでCMをやっていた、
たまたま、キャンペーンをやっていた、
たまたま、人がおいしいといった、
たまたま、パッケージに興味を引かれた・・・・

お客さんの多くは、さほどカップ麺を欲しいとは思っていません。
ほかにもおいしくて便利な食べ物は山ほどあります。

それらにしても選ばれる理由は、何気ないきっかけだったりします。
良い理由を知っていても、
わざわざ買いに行くほどではないことがほとんどです。

言ってみればどの商品も大同小異なのです。
どれも同じように感じている商品を買うのはきっかけです。

だから、きっかけ作りは、とても重要です。
商品の中身より大事だと言っても過言ではありませんね。

販促文の書き方。

販促の文章は営業トークと同じです。
それを言えば相手がどう思うか、
どういう印象になるかと言うことを
想像しながら書く必要があります。

こちらが言いたいことを書けば良い
というものではありません。
こちらが意図したように相手に伝わることが大事です。

だから読み進むにつれて変化する
相手の心理を想像しながら
書かないと伝わる文章になりません。

キャッチフレーズのつくりかた。

キャッチフレーズは、時には、
ふとお客さんの口から出た言葉であったり、
スタッフがつぶやいたことだったり、
必ずしも机上で「つくる」だけではありません。
むしろそういう生きた言葉の方が、
心に刺さるものです。

その時に大事なのが「選ぶ」目です。
言ってみれば何事もそうなのですが、
最後にどれかに決める目であったり、
日ごろの言葉から選ぶ目であったり。

「選ぶ」=見極める目が大事です。

専門家が考えた案も
選ぶことを間違えると
せっかくの良い案がお蔵入りします。

見極めの目は、天才でない限り
常に意識しながら繰り返し選んでみて、
より多くの経験をすることでしか
鍛えられないのではないでしょうか。

常に意識していることが大事だと思います。

何かと、うやむや。

日本体操協会と宮川選手の話は、塚原夫妻には、パワハラが「なかった」ことになり、結局宮川選手が「始末書」を書かさせるという滑稽な話になってうやむやになって終わった。
何から何まで筋が通っていないにもかかわらず、一件落着したように話が収まってしまった。
これでいいのだろうか?宮川選手自身は、もちろん納得していなくても、始末書でも何でもかいて、早く練習に戻りたい一心だろうけど、あれだけ話題を盛り上げたマスコミはそれでいいのか?そこが不思議だ。

マスコミも指摘しているとおり、誰が考えても筋が通っていないし、おかしいだろう。なぜ、もう収まってしまうのだろう。

最近は、こういった炎上して結局うやむやになって立ち消えになってしまうということがホントに多い。

糾弾される組織が劣化していると同時に、マスコミもやはり組織、同様に劣化しているのだろう。マスコミもスクープする一方で、政財界との談合的体質もあるようだし。報道という行為を考えると劣化しているのだろう。気概を持った記者さんは居づらいような組織環境があるのかも知れない。

違う販売方法ないのか? 定期券の購入の長蛇の列。

春の新学期の頃になると駅に定期券購入の長蛇の列ができる。通学定期は学校の証明書の提示が必要なので、窓口できた買えないようですが、あの長蛇の列はとてもムダが多いような気がします。長い時間待っている購入者も大変だし、対応する駅員も大口購入とはいえ、効率的とは言えないような気がします。

証明書の問題なので、学校から鉄道へのフォーマットを作ってオンラインで予約支払い等ができるようにできないのでしょうか。
IOTだ5Gだキャッシュレスだ仮想通貨だと言っている時代に、なんともアナログで非効率的な感じがします。

広告の落とし穴。

Youtuberなどの投稿が高い再生数を得ているがその報酬は広告である。しかし、それらの再生の多くが、そういった投稿を面白がって何度も見る小学生だという話があり、そこで広告されても広告効果はない、つまり広告主は広告費をドブに捨てているという話があります。

そういう盲点というか落とし穴は実はたくさんあったりする。そもそも視聴率調査やネット広告などは、やろうと思えばいくらでも操作できるものだ。広告を実施する代理店が、裏でクリックを稼ぐバイトを雇っていたりする場合もあるようです。

また、一般的にマーケティング調査の結果が年令層別に出されたりするが、そもそも各年令層の人数は、同じではないのだから、そのままでは等しく比べることができないものです。しかし、各年令層に人口比率を掛け合わせて代表性の分布を整えてる場合は見たことがありません。
そのような調査結果を基に媒体資料や広告結果がまとめられていたりするため、実はまったくあてになりません。

最近発覚しましたが、国政の調査自体、結果が捏造されていました。
結局そういうことなのです。どこかが支配しているものには、必ずブラックボックスがあり、そこは、支配者の良心に頼るしかないという、心許ない現状があります。

調査結果に頼って、商品開発や広告を行ったが上手く行かなかった場合の要因のひとつには、こういった事情もあるはずですが、決して明らかにはされません。

そう言う面で、アップル他いくつかの企業で、市場調査をやらないというのは正しいと思います。
また、いま流行りのオウンドメディア(自社コンテンツ)を使って販促を行うのは、ブラックボックスによるコストのロスがありません。

仮想通貨のシステムも金融のブラックボックスを生まない超民主的なシステム。これからの時代はそういう方向に向かっていくのでしょう。

少子化と経済格差。

若い世代で子どもをつくらない理由の一番は、経済的な問題だ。いろいろな環境を整えようとしても、根本的に収入が少ないと利用することも、そもそも結婚することもできない。

そのような貧困化する若い世代がある一方で、株等で儲けた裕福な層がある。1世帯でいくら稼いでも、それに比例して子どもを産むわけではない。そういう面では、収入の偏りも少子化の原因なのではないだろうか。

ひところ、ジェンダーマイノリティは生産性が低いとう発言が問題になったが、富裕層こそ、収入に比べて子どもの生産性は低い。

何十億も資産を持っていても子どもは数人だが、その何十億を若い貧困世帯に配分すると何百人もの子どもが生まれ、子育てができるのではないか。人が一生生きるには、贅沢をしても20億あれば充分なのではないか。ここまできたら、20億以上の資産を持つ者は、それ以上の資産の半額を税金として子育てにまわせばどうだろうか。
もしくは、そういう施設に投資をさせるとか。