疑う力。

これからは不確実性の時代だと言われています。変化もどんどん早くなっています。多様化もしてます。今までのように理屈や経験則で何かを解決して行こうという発想がどんどん意味をなくしていると言われています。

従来のように理屈を積み上げて正解を出すということは、すなわち各社同じ正解によって動く問うことであり、同質化するということです。
「膨大な情報を分析して正解を出す」なら、人間よりAIの方がずっと早いです。AIはそのうち今より驚くほど低コストになります。

これからは新しい正解を出すのではなく、新しい世界を見つけることが重要です。それには、疑うことが重要です。人間は、慣れてしまって意味もなく信じて疑うことを忘れてしまいます。
しかし、当たり前になっていることを疑うことで、新しい世界の扉が開きます。

世間からバッシングの多い、元ZOZO創業者の前澤氏は、あるインタビューで「なぜ8時間労働を疑わないのですか?」と聞き手に問うていました。ほとんどの人が8時間労働を当たり前として何も疑問も持ちません。未だに多くの企業、いやほとんどの企業が8時間労働です。
はたしてそれは合理的なのでしょうか?8時間労働にムダはないのでしょうか?
現代の日本の企業は、8時間働くために意味もない仕事を増やしているとも言われます。

不感症になって、意識すらしない当たり前のことを疑ってみるところから新しい世界が見えるかも知れません。

働かせ方。

ツイターでで、ヤマザキパンのクリスマスケーキ売りの短期バイトに行った若者がヤマザキパンの王者の働かせ方に感心したという話が拡散されています。
彼は、年末か何かの短期バイトに行ったのですが、そこで指示されたことはひとつ、「販売数は問わないので、とにかく笑顔で気持ちの良い声で売ってくれ」ということだったと。それは「目の前のはした金より、長い目で見て意味があるのは『良いイメージ』であると。」

彼曰く「販売スキルもなく、教育する時間もない短期バイトを最大限に活用する働かせ方だ。さすが王者の風格」と分析していましたが、まさにそのとおりだと思います。

スキルも何もない若者が短期バイトで行っているのに、基本的にそんなに売れないだろうし、売ることを厳しく言われると困惑するし、萎縮するし、終いには嫌になってしまうかも知れません。

しかし、目先のことだけを考えてる企業なら、そうするかも知れません。
最後に彼はこう結びます。「少なくともその時の僕はここのために頑張ろうと思いましたよね。」こう思わせる効果もあります。

いささかできすぎた話にも思えますが、これはとても正しい話だと思いますし、働き方改革は仕組みだけでなくこういう活用の仕方こそ大事なのだと思います。

北陸で起こった大雪で国道に閉じ込められたときに、ドライバーの判断で積み荷のパンを配ったのもヤマザキパンでした。
企業の明解な美意識が、隅々まで浸透しているのでしょうね。

時代は、新たな人とのつながりへ。

老朽化したいわゆる団地をリノベーションし、若い世代を中心に幅広い世代に受けている団地があるそうです。

そこは、単に部屋をリノベーションしただけではなく、団地内にいろいろなコミュニケーションの場を設けています。保育園をはじめ、カフェや農園、芝生の原っぱ、コミュニティスペース、毎月のイベントなどなど。広い敷地にある団地ならでは施設です。
居住スペースも水回りはもちろん間取りも含めてモダンに改装。これでお手頃な家賃で住めると言うことで、人気があがり入居待ちが20数組いるとか。
若い人や子育て世代だけでなく、子供が独立した後の高齢者世帯もいるのでいろいろな世代の人がそれぞれのメリットで住まれているようです。

入居した人に良さを聞くと、一番の理由としてあげるのが、人との交流でした。いろいろなスペースで団地内の人と仲良くなれて楽しくて安心だということです。
とくに子育て世帯には、団地内に保育所があり、すぐ隣に交流できるカフェがあり、近所の人と話できたりして、まるで昭和の高度成長期の頃のような話をします。ちなみにそこの団地の交流施設には、団地以外の人も来るそうです。

高度成長期以降、嫁姑問題や個人主義などで「核家族化」が進み、その結果としての歪みもいろいろ生まれています。
近年には、子育て問題やひきこもり、貧困や孤独死など、人が個別に暮らすことの歪みはどんどん拡大しています。

災害等も経て最近になって、「人とのつながり」の重要性が再認識されていますね。本当はいつの時代も人は、誰かとつながっていたいはずです。問題などはつながり方なのではないのでしょうか。
SNSなども最近の「つながり」の代表格ですが、「つながり方」による弊害も生まれています。

どんな物事にも必ず良い面と悪い面がありますが、昔と違って、情報共有が盛んになった現代では、良い面とともに問題や課題も多くの人が共有できるようになっているので、個人レベルの認識は、昔よりかなり高くなったのではないでしょうか。

人間づきあいの良し悪しは、仕組みやルールもありますが、最後は個人の意識です。多くの人が、より高い意識を持てるようになった現代では、昔とはちがったつながり方で、暮らしが快適になるのではないかと思います。

そういった状況で、つながれるような商品やサービスを考えて行くと、社会に良い仕組みが生まれていくのでしょう。

コカコーラの低迷。

コカコーラが世界的に売れなくなっているそうです。

かつて清涼飲料水の王者であったコカコーラも、砂糖が嫌われ代替の甘味料を使うと「体に悪い」印象に成り、根本的に「カラダには決して良くない」というイメージになってしまっています。

コーラを飲んでいる人は「体に悪そうだけど、好きだからあえて飲む」(笑)くらいの意識で飲んでいそうです。
かつては、ファッションとしてコーラを飲むという気分が価値でしたが、その時代は過ぎました。

加えて、いまは清涼飲料水が多様化し選択肢が豊富になりました。ひとつの自販機の中にコーヒーだけで数種類あります。その中でのコカコーラはもう存在感自体が小さい。

大きな背景には、大昔からあr健康志向が「嗜好」ではなく「志向」として浸透してきたことになるのではないでしょうか。
今までは、健康志向を本当に実践しているのは一部の人達だけでしたが、昨今の健康志向は、暮らしの中から「変えていこう」とする意識が大衆にも浸透しているようです。健康を意識するのは当たり前になって来ています。

そういう視点でコカコーラを見ると、カラダに良いことはひとつもない(笑)そこで、コカコーラはカラダに良いイメージのコーヒーチェーンを買収したそうです。しかし、コーヒーも乱立しています。
ともすればコーヒーも健康被害に転じそうなものでもあります。

かつてコカコーラとペプシとのせめぎ合いは、コーラ戦争とも言われました。時代は、変わったものです。

今考える未来は正しいか?

90年代のバブル崩壊に見られるように、例え専門家であっても先の真実は分からないのです。作家の故橋本治は「哀しいことに、未来というものは、『現在の少し前まで』を材料にしてシミュレイトされることが多い。だからそのシミュレイションは、あまり役に立たない。変わる現実はすぐ変わるから」と書いています。

人口減少が現実に始まり、都内の空き室率33%と言われてもまだ、マンションは増えています。今まで以上に大きく変化しそうな時ですが、多くの人や企業が相変わらず従来の感覚から抜け出せないように感じます。

ひょっとしたら今、荒唐無稽と言われているような未来が本当は正しいのかも知れません。メディアで多数派のことは間違っているかも知れません。
実際バブルの時がそうでした。今こそ、少数の意見に耳を傾けなければいけないのかも知れません。

「自分が考えていることは正しいのか?」「従来的な思考にとらわれていないか?」という問題意識を常に持っていないといけないですね。
人間は、そういうものだから。

幸せ観の再定義?

破竹の勢いで成長した人気飲食チェーンの成長が鈍化、低迷しているというニュースが流れ、その原因はというと、案外単純で、マーケットが飽和状態になっているといいます。
企業は、今までのマーケットの感覚の加速度で成長イメージを描いていたけれど、実際はもっとブレーキがかかるということではないでしょうか。これから、こういったズレはいろいろなところで出てくるのではないかと思います。

人間はどうしても過去の感覚にとらわれてしまいます。住宅の分野でも数年前から供給過剰といわれ、都内でさえ賃貸の空き室率が33%だと言われながらも都市部ではあちこちでマンションが建設され、数年後が懸念されています。
ブレーキのかかる情報が充分出ているのになかなかブレーキを掛けることができません。人間は、まだいけるのではないかと思うからです。
しかし、若い世代では、過去の経験がないからか、そう言う時代に素直に素朴に向き合う人がでてきています。

「売上を、減らそう。」という本で話題になった飲食店の経営者は、象徴的です。この例だけでなく、大阪の「好きなときに出勤して良いエビ加工工場」や「嫌いなことはしなくて良い」というZOZO。古いところでは「ホウレンソウ」を禁止した未来工業。
人口減少と直接関係があるわけではありませんが、要するに発想の転換というか、過去の経験にしばられないというじなやかさです。

成長して売上をあげて給料を上げて、その先に幸せな人生があったのか?という問いをなげかけているのではないでしょうか。
今までの「幸せ観」自体が形骸化したイメージなのではないのでしょうか。これからの企業の在り方も「幸せ観」自体を再定義していかないといけないのではないかと思います。

「キャッシュレスは定着するか?」とは???

未だに「キャッシュレスは定着するか?」的な記事が見られていろいろな分析がされていますが、「キャッシュレス」は定着するしないではなく、どれくらいで普及するかなのです。普及しないわけがないのです。
「日本人は現金崇拝だから」などと言われますが、そういった意識も利便性の前には吹き飛んでしまいます。まだ、良く理解されていない、慣れていないだけです。

キャッシュレスと現金とを比較すると、どう考えてもキャッシュレスの方がメリットが大きい。現金を扱うがためのセキュリティ費用やレジ管理の人件費など、現金であるためのコストは膨大です。これらのコストがなくなるのだから、特に大企業はなんとか導入して普及させようとします。大企業が導入していくと、利用者もキャッシュレスを安心して使い始め、慣れていきます。

インターネット黎明期にも同じようなことが言われました。しかし、インターネットは、かつてない利便性により社会インフラ化しています。いまや多くのサービスがネットを前提に考えられるようになりました。

ビットコインなどで知られるブロックチェーンによるデジタル通貨も、同様なことが言われていますが、どこかでブレイクスルーが起こり、安心材料が生まれ、加速度的に普及していくはずです。メリットが計り知れません。

多くの新しい仕組みは、みんなが使っていないか不便だったり不安だったり、そういう精神的な理由がハードルになっていると思います。
「分からないから」なので「分かった」ら、一気に普及し始めるはずです。

吉本問題の売りの構図。

世間を騒がせている吉本興業の問題は、複数の物事がねじれてきて7月30日現在良く分からない状態になっています。

元々は所属芸人が行った直営業に反社会的組織が絡んでいた、その話にウソがあったというところからスタートしていますが、問題がよじれてきて、吉本興業の社内体制や考え方自体も問われるような自体となってしまっています。どちらも、モラル云々の話も問われてきたりと、マスコミ、大衆の野次馬騒ぎの餌食のような様相を呈してきています。

所属芸人と会社の戦いのような構図になってしまい、芸人がまるで吉本の社員のような位置づけで語られていますが、吉本芸人は吉本の社員ではありません。

基本的には、吉本芸人は吉本興業の商品なのです。この企業と商品という構図が忘れられて、社員や会社と一緒くたに語られているような印象です。
企業と商品。八百屋で言えば、野菜や果物、トヨタで言えば自動車、家電メーカーで言えば、冷蔵庫やテレビです。企業は、自社の商品を常に磨くし、大切に扱うし、また責任もあるのではないでしょうか。

一方、芸人は個人事業主であり、仕入れ商品であるから、吉本としては安く仕入れて高く売りたい。売れすじ商品なら入り値が高く、売れない商品なら入り値が安いのは当たり前です。入り値を高くしたいなら、売れる商品になることです。売れない商品をなんとか仕入れてもらうように頼むと安く叩かれるというのも世の常です。売れる商品なら会社はよろこんで仕入れるでしょうし、入り根交渉も芸人に有利でしょう。芸人の方が、ギャラ比率が公平でないというのは、この法則を理解していないのでは?と思います。

ただひとつ、世の会社と違うのは、吉本を始め芸能界というのは、その商品が人間であることです。感情も生活も健康もある普通の人間です。その点ではお客さんとも吉本の社員とも変わりません。
その人間である商品の人間としての扱い方によって、芸能事務所は、芸能人は、売れ行きが変わってくるのではないのでしょうか。

企業の社会貢献への姿勢とは。

アウトドアウエアメーカーの「パタゴニア」が、社員を選挙に行かせるため、投票日の直営店は一斉休業にすると発表しました。投票日は日曜日、「パタゴニア」にとっては稼ぎ時のはずです。
普段でも正月以外で一斉休業をすることはないと言います。それほどのことを決断した背景には、創業者の確固たるポリシーがあり、それが言葉だけでなく、会社の行動規範として具現化されているからです。

社会貢献を掲げる企業は多いですが、それが企業全体の行動規範まで染み渡っている企業は極めて少ないのではないでしょうか。
大手企業の不祥事が多発していますが、どの企業も社会貢献の精神を掲げています。

パタゴニアの創業者は「私はいつも地球に良いかを優先することで利益を上げてきた。」と言います。
数年前に話題になったアメリカでの広告があります。
フリースのジャケットの写真に
「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」のコピー。主旨は「必要なければ本当に購入してほしくない」ということです(必要のない人が買うと捨てられてゴミになり環境を破壊する)。

現代のマーケティングは、乱暴に言えば「必要と思っていない人にも必要と思わせて無理矢理買わせる」といっても過言ではありませんが、それとはまったく反対のマーケティングです。その結果としては、最高の売上を記録したそうですが、これは結果としてそうなっただけで、それを狙ったあざとい戦略ではありません。

また、これをそういう思想もない企業がマネしてもダメです。見透かされてしまいます。パタゴニアがこれができるのは、「私はいつも地球に良いかを優先することで利益を上げてきた。」という思想が普段から全社に徹底しているからです。

パタゴニアの創業者は言います。「馬鹿げてるように思うかもしれませんが、私はいつも決断をする時、それが地球のためによいかということを優先して考えることで利益を上げてきました。私たちのお客さんはそのことを知っているでしょうし、彼らも地球環境のために何かしたいのではないでしょうか。」

パタゴニアの他の社員はこうも述べています。「広告業界が以前のように機能することはないでしょう。誰もが広告を疑っているので、Clever(賢い)な人たちにはもう相手にされません。

Clear(明確)が新しい時代のClever(賢い)になります。とにかく自分のメッセージを明確に伝えることが求められる時代になってきているのではないでしょうか。」(ネット記事より)

ツイッター創業者は、社会貢献について「社会貢献をしない会社は競争面でも不利になる」と言っており、ヴァージンのリチャード・ブランソンも、「企業は利益を考えるよりも社会に与える明確な目的を持たなければならない」と何度も繰り返しているそうです。

もう、企業のブラックボックスが通用した昭和の時代ではありません。企業が見かけだけ社会貢献を打ち出してもいずればれてしまう時代です。
まだ、そういうことに無頓着な世代が多い日本のマーケットですが、徐々に大衆は賢くなり、また若い層ほどそういうコトに敏感です。
企業は、体質そのものを変えていかないと、嘘がばれて大問題になったタレントの闇営業問題のように、ヘタに見かけだけの社会貢献を打ち出すと返って企業の価値を下げてしまいます。
経営者が、社会と自社の関わりについて、本気で考えなければいけない時代です。

2019.7.12

「レンタルなんもしない人」

「何にもせず傍らにいるだけ」という超ユニークなサービスを行っている人がいます。「レンタルなんもしない人」。
すでに話題で本も出たり連載が始まったりしているようです。
ツイッターのフォロワーも11万人を超え、多くの人がその活動を楽しみにしているようです。名前も良いですね。「なんも」というところがいかにも「ただ傍らにいるだけですよ、良いですね?」とサービス内容の承諾を念押ししているようにも聞こえます。

依頼の内容は、様々で、記事によると、離婚届の提出の同行、痔の手術への同行、裁判の傍聴、医師国家試験の合格発表見届け・・・などなど多彩で、1日3〜4件の依頼をこなしているそうです。

収支が気になるところですが、「貯金を取り崩して行っている」そうなので、決して儲かってはいないようです。依頼したいと思っても、料金が見合わないと依頼しないだろうし、逆に特に決めてないからこそ依頼者が現れるのでしょう。
しかし、その依頼、つまりニーズ(=困っている、あるいはして欲しい)は、たくさんあるということですね。

社会というのは何らかの枠組みがあります。現代人はその中でい来ています。だから安心が得られるというのが社会の利点です。しかし、ものごとには必ず両面があるので、安心を得る代わりに、どこか息苦しさを無意識に受け入れているのではないでしょうか。そういった、息苦しさが「なんもしない人」を雇うことで緩和されるのではないのかなと思います。ある種のヒーリング効果というような。
以前読んだ動物のヒーリング効果の本で、動物病院の治療において、その病院が飼っている犬が傍らにいるだけで、治療に来た動物の様子や治癒が違ってくると言う話を読みました。

「なんもしない人」を依頼する人は、若い人が多いようだし、まだまだその効果について、商売として見合う対価を払う人は少ないのかも知れません。
しかし、この先、ネットコミュニケーションが発達し、社会の仕組みが複雑になると、息苦しさも増えて、こういうサービスへの価値が認識され、対価も見合うようになるのかも知れません。
また、ある意味「誰でもできる」ため、誰もが気軽に頼むという時代がやってくるのか?なんて思ったりもします。

「なんもしない人」に依頼がたくさん来るという現象は、これからの時代の何かヒントがあるような気がしてなりません。

いまは儲からないけど「なんもしない人」は依頼をこなしながら、とても貴重な仕入れをしている時期なのかも知れないなぁなどと思ったりもします。