お客さんが把握できる買い物。

ひと頃、食材の偽装?誤表示?問題が世間をさわがせていました。
組織が大きくなってもひとりの人間の能力や大きさは変わらないから、
情報の乱れや間違い、未達は起こりえます。

大きな組織の中で大量に流れている商品も、
ひとつひとつは小さなお店と同じものです。

お客さんは、どこまで行っても
そういう組織で販売される商品の実態は分かりません。
店頭の人も、配置換えなどで、頻繁に変わります。
お客さんが相手にするのは結局、組織という漠然とした顔です。

その点、商店街のお店は売っている商品は同じですが、
かなり把握できます。
小さな商店の店主はいつも店頭にたち、
お客さんと言葉を交わします。

お客さんは、そういう店の商品は、把握できます。
大企業と違って店主の顔や人格が見えます。
その店主が信頼できる人なら、安心して買うことができます。

しかし、世間には、大企業なら安心という漠然とした
先入観がありました。
だからこそ、問題が起こると信頼を裏切られたという
感情的な議論になります。

小さい企業には、小さいための物理的な限界がありますが、
大きな企業にもまとめる上で大きいが故の物理的な限界があります。

世間には、大企業も信用できないという意識が
どんどん広がっています。

時代の流れは、小さな街の商店や売り場へ
移っていくのではないでしょうか。
小さなお店は、楽しい空間です。
もっと楽しくなるはずです。

接客の価値。

効率のため来店客にプライオリティをつけて
対応を変えているという話を聞いたことがありますが、もったいない話だと思います。

接客は、赤の他人と話の出来る絶好のチャンスです。
たとえそれが冷やかしの客であったとしても
ちょっとした会話の中から、商売につながるヒントが
得られるかも知れません。

そもそも、例え冷やかしといっても、
その店になんらかの興味がわいたから冷やかしに入ったのであって、
貴重な見込み客のひとりです。

その大客さんも、店員とのちょっとした会話から、
その興味が大きくなって何か買ってくれるかも知れません。
あるいは、友人に面白い店があったと
吹聴(宣伝)してくれるかも知れません。

商売にとって人は情報でもあります。
その最前線が接客なのではないでしょうか。

売り場としての商店街。

都会の商店街は楽しいです。
アーケードの中を歩いていると本当にいろいろなお店があります。

よく言われるのが大型のチェーンストアが近くに出来ると
競争力が無く衰退するということ。
確かに利便性、価格、サービス、売り場のイメージなどを含め、
マーケティング力のあるチェーンストアは、
現代人の好みに合わせてきます。

商店街というのは、それぞれが個店で事情が異なることや
高齢化やいろいろな事情を抱えていると思いますが、
売り場として見るとチェーンストアに比べて
かずかずの利点もあると思います。

まずアーケードの中の空間は、基本的に2階建て空間で
とても広く開放感があります。
通路もかなり広いところもあります。
お店を自転車で移動できるのも商店街ならではです。

それぞれが個店のため、個性豊かです。
いろいろな会話やコミュニケーションが楽しめます。
こういう多様性や人間味、広い空間は、
合理性を求めるチェーンストアでは不可能です。
現代人は、癒やしを求めていますので、
商店街の持つ多様性は魅力的なはずです。

おちこちの商店街で、イベントなどを行って商店街全体で
盛り上げて競争力を高めようという活動をされています。

世代が若返るにつれてその勢いも高まってくるはずです。
商店街は、それこそ例えば街角音楽祭的な、
その利点を生かしたコンテンツを持つことで
もっと楽しくなって集客力を高めることが
出来るのでは無いでしょうか。
その際に、来られたお客さんにリピート頂けるような、
商品やサービスを整備することも重要ですね。

チェーンストアの欠点は、便利だけれど味気ないところです。
いくら演出に凝っても、
どこか「仕事」的なドライなムードが避けられません。
また売り場の空間も天井が低く画一的に区割りされたものです。
同じような服を着て同じような会話をする店員が
同じようなサービスをします。
それが合理的なチェーンストアだからです。

今までは、それでも利便性が魅力的だし、今でもそうです。
しかし、人はなれて飽きてしまいます。
人の心は、自分を分かってくれている人を求めます。
地域密着の商店街には、「仕事」ではなく「商売」があります。

大型チェーンストアが出店しにくい都会の下町では、
まだまだ商店街が元気です。
まだまだ、いろいろな魅力づくりが
できるのではないでしょうか。

過剰丁寧な接客。

コンビニでも「いらっしゃいませ、ようこそ○○○へ」などと
勢いよく挨拶をしてくれるところがあります。

来店されたお役様への挨拶は大事だとは思いますが、
スタッフ全員でなんども「いらっしゃいませ、ようこそ○○○へ」などと言われると,
心がこもっているようには思えず、機械がしゃっべっているように感じてしまいます。
実際、研修でそういうようにさられたからなのでしょうが。

たかがコンビニへちょっと買い物によった程度で、
そのような歓迎は大げさではないでしょうか。
声の出し方かけ方の問題でしょうが、
普通にいらっしゃいませって一言言って頂ける方が
よほど心がこもっているように感じます。
あまり過激に挨拶されるとお店に入るのに気後れしてしまいます。

高級スーパーやファッションチェーンなど
若い人が働くお店で過剰な接客を感じることが多いです。
丁寧すぎると、悪いですが少し気持ち悪いです。

チェーンストアで一定の質の接客を提供しようとすると
このようなことになるのかも知れません。

これらを丁寧だから良いと感じる人も多いのでしょう。

ファッション業界などでよく問題になるのがお客さんへの声のかけ方ですが、
これは、本当に重要で、過剰だと、もうそのお店にいかないというのは
若い人でもあるようです。

ほどよい接客が一番心地よいのは真実で、
過剰な接客は「ちょっといやだな」という気持ちを持たせます。

ゆっくりみたくても、そそくさと出てきてしまいます。
ほかに同じような店ができたらそっちに行きます。

過ぎたるは及ばざるがごとしで、過剰な丁寧も間違った接客のひとつと言えるのではないでしょうか。

お客の言葉。

分からないならお客に聞けとよく言われますが、
お客さんの言葉はどこまで信用できるでしょうか?

人間は、面と向かって聞かれるとたいていの人は、
聞いた人にちゃんと答えてあげようとして
考えすぎたり、オーバーに表現したり、多少話を作ってしまったりします。
つまり、ちょっとウソが混じってしまうんですね。
それでは意味がありません。

これは、消費者調査でも同じです。
回答には、そういう要素が含まれることを前提に
質問や解析を行わなければいけません。
マーケティングリサーチなどムダだという理由のひとつでもあります。

大事なのは、お客さんの、つくられていない素朴な声です。
それは、お客さんとコミュニケーションを取る中で
注意深く聞いていなければ分かりません。

より自然なコミュニケーションの中でこそ、
お客さんの素朴な声や本音が聞けます。

ですから、無理のあるコミュニケーションからは、
お客さんの本音は聞こえにくいということです。
それは、接客だけでなく、販促やメディアでのコミュニケーションも含め、
あらゆることが同様です。

長期的に良好なコミュニケーションを取ることで
お客さんの本音を探ることが出来ます。

お品書きに、背中を押す一言を。

お昼になると飲食店の店頭にはランチメニューのお品書きが並んでいますが、
誰しも仕事場の近所のランチって毎日毎日食べているとだんだん飽きてきて、
選択肢がたくさんあるのに、決められない状態になりがちです。

つまり、どれも悪くないけど、決め手がない、
結果「何にしよう?」という面倒なことになります。
そう、ランチのメニューを決めるのは意外と面倒だったりします。

そういうときにお品書きに一言そえてあると、
「決め手」になり得ます。

当たり前のことでも良いのです。

今日はヘルシーに行きましょう。
おいしい地鶏の「チキン南蛮定食」のように
定食の中身だけでなく、今日の決め手になる言葉です。

肌寒くなってきたら、
体の芯からポカポカになる特製「味噌煮定食」とか。

大事なのは、今日の決め手になる言葉です。

たいした内容でなくても、決め手に困っている人には、
「そうそう、それいいね」と共感してもらえたら、良いわけです。

意外と面倒から早く脱出したい人には、救世主なんです。

言い過ぎは残らない。

商品を売る場合、言い過ぎると逆効果です。
5つ特長があっても、まずは一番大事なひとつだけを
くりかえし歌う方が良いです。

逆の立場で考えると、いくら良い話でも5つの話を 同時に聞かされたら、
ひとつも憶えられません。
しかし、ひとつだけ聞かされるのなら憶えられます。

その話に興味を持ってくれたら商品を吟味してもらえます。
他の良いところは、その時に知ってくれます。

大事なのは、最初にする話は、理解してもらうためではなく、
興味を持ってもらうためにするのだと言うことです。

だから、5つのうち何を選ぶのかという判断基準は、
どれが一番興味を持ってもらえるかです。

興味を持ってもらうためには、脚色も必要です。
どういう言い方をするかということです。

そういうことをキャッチフレーズに反映させるのが基本です。

3種類の客。

お客さんと一言に言うと漠然としています。
漠然としていては、手の打ちようがありません
分解して把握する必要があります。

お客さんには3種類あります。
買ってくれそうな見込み客と
1回はかっていただけた購買客(ユーザー)と
複数回かっていただいている顧客です。

お客さんのことをひとからげでユーザーと言う場合がありますが、
分かりにくい、もしくは間違っています。
見込み客は、まだユーザーではありませんよね。

3種類のお客さんそれぞれに対策が異なります。

見込み客は、購買客となるようフォローまたは育成する必要があります。
購買客は、顧客(リピーター)にするべくのフォローが必要です。
顧客は、継続して顧客でいて頂けるようにフォローしなくてはいけません。

また顧客の何パーセントは、常に顧客でなりなります。
そのため、常に新規で集客し、見込み客にしなければなりません。
このサイクルを念頭に販売や販促の戦略を考える必要があります。

営業を分解する。

「営業」というと、一般的に「売り込む」というイメージが強いですが、
いまどき「売り込む」は、嫌われます。
ねじ込むような営業が通用したのは過去の話。
無理のある「ねじ込み」営業は、かえってお客さんの心証を悪くします。

「営業」を

1.集客する
2.フォローする
3.説明する
4.顧客化する

の4段階に分けて捉えるという考え方があります。

1.でまず見込み客を集める。
2.で見込み客に情報を与えて興味を高める(育てる)。
3.高い興味を持った人に、商品を説明する(売る)。
4.買ってもらったお客さんにまた買ったもらうべくフォローをする。

一般的に「営業」と言えば3をイメージしますが、3だけでは売りようがありません。
客がいなければ売ることができないし、興味もない人にいきなり説明しても絶対買いません。
売るための環境作りが必要です。
さらに、せっかく買ってくれたお客さんを放置しておく手はないということで、
そのお客さんと仲良くして、また買ってもらえるようにします。

ただし、これを一人の営業マンに押しつけるのは酷です。
個人差が大きくなり、企業としても管理にくくなります。

1〜4を組織的に効率的に行うことで、
均質化し組織のメリットが生まれてきます。

イマドキ、告知をしてすぐに買ってもらえるほど甘くはありません。
まず、「見込み客を集める」という意識が大事です。
その次には「見込み客」がさらに興味を深めるように
情報を発信し、コミュニケーションを繰り返します。

接触が多いと言うことが、見込み客のマインドシェアを高め
購買に有利な状況をつくります。

コミュニケーションによって興味を高めてきた見込み客に
商品のことを説明します。
そこで買っていただけるかどうか。
まだ、買っていただけない場合は、継続してフォローします。

買って頂いたお客さんは、フォローして、リピーターに育てます(顧客化)。
また、買っていただけるようにコミュニケーションを継続していきます。

こういった手法が顕著なのは、通販会社です。
お客さんと直接会うことがないビジネスモデルとして、
WEBやメールを使っやコミュニケーションがフォーメーション化されています。
いろいろな業態に応用できます。

これは別に今に始まったことではなく、商売の基本ですね。
昔からずっと生き残っているお店や企業は、
知らず知らずのうちに、このサイクルを続けているはずです。

衝動買い。

https://diamond.jp/articles/-/172735

この記事に、山で遭難する理由について、山で道に迷った時、元来た道を引き返すのが鉄則なのに、多くの人が引き返せないそうです。理由は、迷ったことである種のパニック状態に陥って冷静な判断ができないからだと書いてあります。

人間はパニックになると正しい判断ができなくなる。衝動買いもこれではないかと思います。思わず見つけた商品に心を奪われ、舞い上がってしまうのは、一種のパニック状態です。
ここの中には、もう「買うぞ」という衝動が生まれています。冷静に、損得や必要の是非などを検討してから行くべきなのに、道は「買う」しか見えなくなってしまいます。

逆手に意地悪く考えると、そういったパニックを起こすような状況をつくれば、衝動買いしてくれるということです。そのひとつがバーゲンであり、特別会員様セールなどもその仲間でしょう。
もうひとつは、人間は自分の心の中を言い当てられると妙にそわそわします。密かに好意を持っていた女の子のことを友人に言い当てられると焦ったり取り乱したりします(笑)パニック状態です。
広告やPOPのコピーも同じです。心の奥を言い当てられた人はそわそわします。そうなるとそのことが気になって仕方がありません。マインドシェアを奪われてしまいます。
人間の心理と行動は面白いものです。