コロナ後の世の中-7 デジタルデバイド問題

テレワークの利点に改めて気づく企業はとても多いようです。コロナ後もテレワークを標準化すると表明している大手企業がでてきました。これからも増えるでしょう。そうなるとビジネスの形態が大きく変わっていきます。社会的にテレワークが標準化するということです。

うちは関係がないと考えている中小企業は要注意です。大手取引先から、打ち合わせはZOOMでといわれてすぐに対応できるでしょうか。また、いままで紙やディスク、FAXなどで渡していた書類やデータをすべてオンラインで送らなければいけなくなります。その体制があるでしょうか。動きのあるものは動画で撮影して編集して送るのがすぐに出来るでしょうか。

これからの世の中は、IT技術が社会を変えていくと言われています。好むと好まざるに関わらず、ITの見識を高めておくのは必須です。ITに関してただ「利用する」のと、特性や本質、傾向まで理解して「使う」のでは大きく違って来ます。ITの本領を発揮するのはもちろん後者です。前者は、ともすればエクセルをプリントして届けるというような本末転倒を生み出します。
あるいは、10万円給付金のオンライン申請が郵送より手間がかかるという事態を生み出します。
あのシステムをつくったエンジニアがそんなことを分からないはずはありません。それを指揮する人が分かっていないから、あのようなまるでコントかと思うようなナンセンスな事態になってしまいます。エンジニアや現場の人は、矛盾や憤りと戦いながら仕方なく指示された業務をこなしたのかも知れません。

重要なのは、リーダーが理解していることです。なにもプログラムを書けと言うことではありません。重要なのは何がどのようにできるのかです。そのためには、自分で勉強することもそうですが、現場の専門家の話をよく聞くことです。

管理職や支持層で専門家の話をいい加減にしか聞いていない人は以外に多いものです。「だいたい分かってるよ、オレは」という人に限って分かっていません。把握の仕方が大ざっぱすぎて、肝心のツボを把握していなかったりします。

いま、元気があり、可能性を秘めている企業のトップは、概ねITのことを良く把握している人ばかりです。GAFAは言うに及ばず、日本でも例えば元ZOZOタウンの前澤氏は、ZOZO初期の頃、仲間と一緒に本を買ってきて勉強してWEBを自分たちで作っていたと話していました。どこにでもあるものを仕入れて売っているだけのZOZOタウンが何故あそこまで大きくなったのかの重要なポイントが、サイトの見やすさ買いやすさです。自分たちでつくるようになった理由は、外注していていると思うようにならなかったからだそうです。
これはリーダーが、ITの特性を良く把握していたからに他なりません。派手なふるまいばかりが取り沙汰されますが、こういった地道な配慮がZOZOの躍進の原動力になっていました。

分からない事は、分かっている人に聞く。どんな物事でもこれが基本ですが、分かっていないのに分かっている人の話を聞かないために、デジタルデバイドを広げていることは多いのではないでしょうか。

コロナ後の世の中-6 都市部から人がいなくなる?

テレワークの有効性に気づいた企業は導入を広めます。働く人も出勤する頻度が減るにつれて、特に都心近くに住む必要ないんじゃない?と思うようになります。職住近接はもう過去の話になります。
そして、企業自体も都心である必要がなくなっていきます。
かつては、メディアがあるからという理由で東京へ集中しましたが、そのメディア自体の力も昔ほどの支配力がなくなっています。インターネットで企業自身が発信できるからです。これから企業自身の情報発信力も勝敗に大きく影響してくるでしょう。

このような流れで都市には人も企業も今ほど集中する必要がなくなります。近郊都市を中心に良い具合に生活機能が分散されていく。逆に大都市部の巨大施設は、縮小を余儀なくされるかも知れません。分散化に加えて人口減少。都市部と近郊都市のよすが一変して行くのかも知れません。

10年程前にある大手ビル会社の仕事をした際に、グループ傘下に新たにシステム会社をつくっていました。その理由を尋ねると将来的に都市部に人がいなくなることを想定して、都市のビルをデータセンターなどIT施設として衣替えさせるための布石だというようなお話しでした。その時点ではもちろん新型コロナ騒動など想定していなかったはずですが、今回の騒ぎがなかったとしても将来にはそのようになるとすでに予測しているわけですね。

現象の背景を考える。

国民全員に10万円配るという給付金の申請について物議を醸してます。オンライン申請がかえって面倒なことになているという本末転倒な事態。この理由とは別に、マイナンバーカードが普及していないという実態があります。もっぱら国民がさっさとマイナンバーカードを取得していないからだという話が主流で、個人情報に対する日本人の国民性ではないかという話になっています。
しかし、それは少し違うように思います。

そもそもマイナンバーカードを取得しない心情は、「これで便利になるのは分かるけど、逆に国に何をされるか分からない」という国への不信感が大きいと思います。それは、積み重ねられてきた政府と国民との関係性でそう思うのであって、ポイントは2つあります。

ひとつは、「何をされるか分からない」という心理のウラには「ウソをつかれてきた」ということがあると思います。そうでなければ、「何をされるか分からない」という心理は生まれません。

もうひとつは、ちゃんと説明しないことです。不思議なくらい日本の政府はちゃんと説明をしません。新型コロナ対策でも、こうしてください、こうします、というばかりで、何故そうするのか、そういう判断に至ったのかということがまったく説明されません。だから、施策の目的も解釈の仕方で異なり、的外れな議論もわき起こってきたりします。
ちゃんと説明しないということは、また「なにか隠しているのではなか?」という不信感を生み出します。

政府がウソをつかず言ったことは必ず実行し、実行できない場合はちゃんと説明してという風に国民と某かの信頼関係を築いてれば、マイナンバーカードもこぞって取得したでしょう。

これは、人間関係でも同じことであり、企業においてもまったく同じことです。
現象には必ずそうなる背景(理由・経緯)があります。漠然とした理由で片付けるのではなく、ちゃんとした本質的な背景を探求することが大切です。

それにしても、10万円給付金のオンライン申請が、郵送より手間がかかるとは、一体どのような考えでシステムを設計したのでしょうか。

情報化社会の意味。

情報化社会と言われて久しいですが、インターネットが普及した今は、まさに情報化社会化した社会だと言えます。
かつては、情報こそが価値があるという概念で情報化社会と言われましたが、いまは、誰でも情報が得られる、共有できる、つまり情報の市民化社会だと言えます。

例えば、かつては業界内の事情や価格情報などは、なかなか手にいれるのが大変でした。だから、近くのお店がもっぱらの情報源でそこに情報力の限界がありました。少し足を伸ばせばもっと安い店があったとしても、そこまでの労力が必要でした。しかし、いまはネットを叩けば全国どこでも一瞬のうちに分かります。

以前は、ブラックボックス化していて良く分からなかったこともいまでは、誰かが紹介していたりします。あるいはあばかれます。そのため、ブラックボックス化している部分を利用して(あるいはそれを良いことに)利益を得ていた会社は、苦しくなってきます。「なんだ、何もしていないのに利益だけとってるんだ」ということが分かるからです。
昔はそれでも「流通させている」ことに存在意義がありました。しかし、いまは、メーカーから直接購入できたりするため「流通させるだけ」では存在意義がなくなってしまったのです。

こういう図式がいろいろな分野で起こっています。
情報の共有が進んだために某かの価値を提供しなければ存在意味がないというのが今の情報化社会です。商品を流しているだけでは存在意味がないのです。

また、嘘もばれます。メーカーがどんなに過大に良いことを謳っても、販売サイトのレビュー欄、あるいは膨大なブログには、ユーザーよって実際問題どうなのかが書かれます。
そこで、メーカーの言うことと現実があまりにかけ離れているとメーカーは信用を失います。
情報発信も昔のように、消費者をうまくまるもこめるようなことを言うのではなく、正直に実質的な情報を発信することが必須になっています。

さらに、分野によってはいわゆる「ブランド力」も無力になりつつあります。実質的価値が優先される商品では、レビューによる品定めの前にブランド力は無力です。

いまの情報化社会は、情報に価値があるというだけでなく、その情報が正しいか、正直かということが問われます。
また、情報を操作すると言うことが難しくなってきているとも言えます。ヘタに情報操作したことがばれると、逆に信用を失います。
そして、今の時代、必ずばれます。

情報を発信するだけでなく、どのように発信するかが重要です。そのためにも、以前よりもさらに背景になる企業の考え方やスタンスの明解さが重要であると言えます。

コロナ後の世の中-5 生活様式の変化

「生活様式を変化させる」と言うことが言われています。この変化は大きいと思います。この変化は単に「コロナウィルスと共存していく」という目的だけでなく、テレワークや在宅することによる暮らしと意識の変化も相当多大な影響を人々に与えていくのではないでしょうか。それによって社会、マーケットが大きく変化して行きます。

コロナと共存するとうことは、つまり、「感染しない、移さない」ための行動を習慣化するということです。これは社会側の体制も必要です。店舗内での人の間隔、消毒、その他の仕組みなど。人の方は、マスク、3密の回避などの意識でしょう。
マスクに関しては、もうすっかり日常アイテムとして定着し、ファッション化し始めています。そのうち夏でも暑くないとか、機能商品も生まれてくるかも知れません。スタイルとしてマスク周辺アイテム(アクセサリーなどが登場していますが)も広がってくかも知れません。

コロナとの共存とは別に、在宅することで気づいたこと、生じたことなどでも新しい習慣が生まれてくるでしょう。
マイナスの話題としては、コロナ離婚などがありますが、在宅することによって気づいたマイナス面かも知れません。しかし、そこを改めて考えて新しい生活様式に変えていくことが必要なのだと思いますが。

また、長期自粛により、時間の使い方、あるいは、自分にやりたいことがないことなど、有り余る時間の価値について考えた人は、自分のすべきこと考えたり、やりたかったことに気づいたりして、新しいことを始めるということも多いのではないでしょうか。

そうすれば、ビジネス、ホビーその他の分野に新たなユーザーが生まれるはずです。
生活様式が変化すると言うことは、そこから生まれる現象は一時的なものではなく恒久的なものであるはずです。それに伴ってマーケットも変化し、産業構造自体が変化しかねないパラダイムシフトも生まれてくる可能性があります。

組織の合理化のポイント。

新型コロナ対策の自粛作戦には、とにかくムダが多いです。明解な規準や考え方が示されないと共に、その背景や理由が説明されないから、余計に曖昧な要請になってしまいます。これでは要請された方もどうしたらよいか分かりません。
ほとんど関係ないようなところでも自粛が半ば強要されたり、人によって解釈が違ったり。膨大なムダを抱えながら果たして経済は動かせるのでしょうか。

なかなか上手い施策が打ち出せないのは、政府の問題の他に、根本的にちゃんと理解して動けない人がどうしてもいるからです。それが社会というものですが。公共的などうしてもそこに規準を合わせざるを得ないため、基準を低くしないと全体で動けません。だからムダも多くなる。

有名な灘高(灘中)は、制服も校則もありません。そんなことをしなくても、各自がちゃんと考えて自己管理し節度をもって行動できるし、いちいち言わなくても自分で勝手に勉強するからです。そんな人ばかりだったら、自粛はすぐに解除できて、ウィルスとうまく共存できるのでしょう。

組織を合理的にするのは、そういう行動規範を明確にするという事がとても重要です。そのためには、組織が目指すところも明確にしなければいけない。そして、その行動規範(あるいは企業文化)にあった人を採用しなければ意味がありません。

グーグルでは、採用に当たってまず最初に優先させるのが「グーグルの文化に合っているかどうか」だそうです。

日本の遅れ方。

新型コロナウィルスの騒動で改めて露呈したのが、世界と比べた日本の遅れ方ではないでしょうか。
”必ずしも世界と同期することが良いとは限らない”という文化性を重んじる声も一部にあるでしょうが、経済の場面で考えれば、世界に遅れていることは、決して良いことではないと思います。文化性とはまた違う話です。

大きく分けて、国の対応と市民レベルの対応という2つの視点で見ると、国の対応はもはや説明するまでもなく、各国と比べてあまりにも遅く、また施策の目的や経緯が明解に説明されないため良く分からないという点も諸外国との差が激しいです。ドイツやニュージーランド、台湾などトップクラスの国の対応は、日本人が聞いても明解で分かりやすく、また迅速です。アメリカにしても日本よりはずっと早いです。

日本が遅い理由は複合的歴史的な背景がいろいろあるでしょうが、指導層の意識と知識、見識、そして国のインフラの未発達(これも意識や見識の低さから来るものですね。指導力と仕組みは一体です)。
今回マイナンバーカードが普及していないことも、対応の遅れの一因だと思いますが、導入時に反対運動が起きました。あれは結局、その目的や効用、経緯などが明解に説明されないため、不信感が生まれて反対意識につながります。なぜか、日本の施策はちゃんと説明がされません。今回でもほとんどの施策がその目的や背景が明解に説明されないために、的外れな議論が起こったり、ムダな議論が起こります。それが、また不信感を生みます。そうやって遅々として進まず、どんどん遅れていきます。

民間もテレワーク元年などと言われて盛り上がっています。仕方なくのテレワークでその効用に気づいたというところでしょうが、インターネットが普及して何年経っているのでしょうか。
我々の業界、特にWEB関係者は、ネットやPCのスキルが高いため、もう15年ほど前からSkype等で沿革で打ち合わせをしています。つまり15年前からツールとして現実的に使えるものであったと言うことです。
それに今年気づくというのは、あまりにも遅すぎるのではないでしょうか。
そもそも、経営者レベルの人がITに苦手意識があったり、慣習に甘んじる体質であったりするために、新しい事へ意識が向かないからだと思います。
現に早い企業では10年以上前からテレワーク的なことを導入し合理化されています。そういう企業にしてみたら、今頃何言っているんだと思っていることでしょう。

とにかく国も全体的な民間もあまりにも世界から遅れすぎていて、GAFAに勝てるか云々の次元にありません。
そういう体質の企業が、急に体質を変えられるかとうとそれはかなりハードルが高いでしょう。まず、経営者の意識が変わらない限り、無理だと言えます。社員がいくら頑張っても無理。経営者がちゃんと理解していない限り難しい。「ITは若い人に任せているんですよ」という会社も難しいでしょう。組織は、結局、リーダー次第なんです。

新たなる共有文化。

最近は、3Dプリンターがとても安価に成り、生活の中で使えるレベルになってきました。安いモノでは1万円台からあり、その性能もモノによっては使えるレベルだそうです。
とはいえ、3Dプリンターで出力するには、3Dのデータを作成しなければならないのでまだまだ一部ではありますが、コロナで面白い動きが出ています。

海外でドアノブを手で握らなくても開けられるアダプターのようなものを3Dプリンターで出力できるデータで無料公開(=ダウンロード化)している人がいます。
つまり、必要な人はそれをダウンロードして出力すれば自宅で利用できると言うことです。いろいろなノブに対応できるようにデザインを増やしているそうですが、これは新しい文化を生みそうです。

従来から無料で公開されている3Dデータはありましたが、趣味や業務の世界が主体でした。しかし、プリンタが一般に普及するにつれて、生活の中でつ買うモノをデータで共有するということができるようになったわけです。
例えば(今でもあるかも知れませんが)、ある家電製品のツマミが破損してしまってメーカーにももうなくて困っている時に、そのデータさえあれば、出力して部品が手に入ります。
逆にメーカーも3Dプリンターも持つことによってこういう顧客の要望に1個から対応可能になると言うことです。

これまでも平面データは、掲示物を共有したりチケットの配布に使ったりということがありましたが、立体物までをもデータ共有によって絵に入れることができるのは革命に近いかも知れません。
この先、3Dスキャナが普及すればさらに応用が広がるでしょう。

コロナ後の世の中-4 マーケット構造の変化

新型コロナウイルスへの対策は長期化すると言われています。自粛が徐々に解除されたとしても、元に戻った頃には、社会の産業構造がかなり変化しているのではないでしょうか。

インバウンドがコロナ以前のように戻るでしょうか。ITのリテラシーが高くなった消費者が以前のような買い方をするでしょうか。
自粛期に従来のムダに気づいた企業や消費者が、以前のようなニーズを形成するでしょうか。

コロナ対策の追い込まれた時期に、
1)早々にあきらめて廃業してしまった企業、
2)追い込まれるウチに倒産せざるをえなかった企業、
3)資金力等があったためになんとか耐えられた企業、
4)業種的に影響が少なかったために耐えることができた企業、
5)試行錯誤によって生き残った企業、
と大きく5つに分かれるかも知れません。

コロナ後に生き残ったのは、言うまでもなく3)4)5)です。
しかし、コロナ後に最も強いのは5)ではないでしょうか。
3)4)は、影響が少なかったために業態変化はしていません。コロナ後の産業構造の変化で、そのうちついていけなくなる危険性も孕んでいます。
例え今、3)や4)だとしても、常に状況をみて新しい動きに挑戦し5)の企業の体質になっておくことが必要だと思います。

インターネットの情報共有革命によって、すでに必要ではなくなっていたのに、慣習によって継続されていたことは、ことごとくなくなると思われます。例えば、いま、話題になっているハンコのシステム、ムダな会議、企業の人事等々、自粛期に「なくても実質的に困らない」ことに気づき、もっと合理的な「新しいやり方」に替えていく人や企業はとても多いと思います。5Gの時代になり、ただでさえ通信環境が飛躍的に向上します。

コロナ自粛と5G、そしてIT技術のさらなる進化、この3つの出来事が、社会と産業構造をこれまでないほどに変えていてしまうのではないでしょうか。
それは例えば、ブロックチェーン技術によって、通貨自体が変わる、銀行がなくなるというようなレベルのことが起こる可能性はとても高いと思います。デジタルマネーや通貨が発達すると、おそらく最終的にはひとつあれば良い、もしくは不要になるかも知れません。

現に、あちこちで報じられているように多くの銀行の業績が悪化しています。現在の経済構造と社会の成熟の中で、もう銀行という業態自体が機能しなくなってしまったのです。それは、日本の銀行という業態が慣習に縛られていたからです。かつては大学を出て就職する際には「安定した業種」の代表として銀行が存在していました。

多くの人が、仕事内容よりも安定を求めて銀行に行きました。そのようなマインドで日本の銀行は成り立っていたのです。それは、まだ経済や社会に伸びしろがあったために、構造的機能として銀行が存在していたからです。

安定を求めて仕事をする企業には変革も改革も起こりません。つまり、時代が変化しているにもかかわらず、業態が慣習として行われていたからです。

そういう体質の企業が、状況が変わったからといって、変革ができるものではありません。変革というもの自体が分からないからです。
銀行にも志をもって就職した人もいたはずです。しかし、前述のような体質の組織の中で、へたに志を持った人間は居づらくなり、外へ出てしまいます。そうやって、ますます安定志向の人ばかりが残った慣習的な体質のまま来たのが現状の結果です。
銀行だけでなく、このような体質の業種や企業はほかにもあると思います。

日本がGAFAに勝てない理由は、こういう体質が大きいと思います。体質というモノは、相当な期間がなければ変えられません。

運良く、コロナの影響が少ない企業も、これを機に体質改善や新しい事への挑戦を始めなければ、コロナを生き延びたのにコロナ後の変化について行けなくて倒れてしまうことにもなりかねません。

新規事業のリスク

新規事業にはリスクがつきものですが、そのため多くの人は、現状のノウハウや資産を土台に考えます。それが発想しやすいし安全だと考えるからです。しかし、自社を規準にした発想が必ずしもマーケットにあってるとは限りません。むしろ、手元を見過ぎて世間が見えなくなってしまう恐れさえあります。

それとは逆に、世間を見て、マーケット(需要)を見つけて商品を提供することで事業にするやりかたです。見えているマーケットが確かなら、自社にノウハウがなくても、商品を調達すれば必ず売れるでしょう。そのうち、ノウハウもできてきます。

もうひとつは、ノウハウもないしマーケットも見つけていないけど、自社あるいは経営者に「これがつくりたい」あるいは「こんなことを実現したい」という思いがある場合です。これは、その人自身の能力によるところが大きいですが、思いや情熱、意思が高ければ、ノウハウやマーケットが後からついてくるということがあります。
これは、いわゆる「革新」を生むケースです。

本人は、マーケットなど気にしていないでしょうが、受けると言うことはマーケットが潜在していたということです。
そのあたりの勘や感性なども含めて個人の能力に負うところが大きいわけです。その代表が、アップルや日本では高級トースターで一躍有名になったバルミューダなどです。

アップルは言わずもがなですね。iPhoneはもちろんですが、パソコンやiPodなども、アップルが世に出してから需要が広がりました。
スティーブジョブズは、マーケットリサーチなどしない、自分が最高だと思うモノをつくるだけだと言っていました。

バルミューダも、創業者はミュージシャンで、家電作りのノウハウなどまったくゼロだったのに、自分がある時感じた理想を求めて家電製品作りを始めます。その2作目がトースターでした。当時2万円もするトースターなど売れないと言われました。しかし、周囲の予想に反して2万円のトースターは大ヒットし、その後高級トースター、あるいは高級家電というマーケットができました。

自社のノウハウに立脚したり、マーケットをにらんでいたりするやり方では、絶対に生まれなかった商品です。

新事業の発想は3通りありますが、それぞれに異なるカタチでのリスクはあります。だから大事なのは、その事業が自社にとって面白いものかどうか、思いを入れられるかどうかではないでしょうか。
もっともリスクが高いのは、1番目2番目の発想で理屈で考えて、面白いとも思わないのに手がけてしまうことではないかと思ったりします。

思いの入らない事業は、お客さんにもきっと響かないでしょう。
そう考えると、事業に最も大事なのは「思い」ではないでしょうか。想いを伝えるために事業をやる。事業によって事業者の思いがお客さんとつながる。そのつながりことが事業のありかたではないかと思います。