論理と感情と勘定。

何事も合理的に行おうとすると論理的に考えなければなりません。しかし、人間がやることには感情がつきものです。最終的に幸せでありたい、楽しくしたいというのは、感情、心、気持ちの問題です。

理屈だけで考えてもだめですが、感情だけで考えてもだめで、そこが人間社会の難しくも面白いところでもあります。商売もまったく同じで、いまでもMBAなどの経営学的な理論は評価が高いですが、一方でそういう科学的なマーケティングは、結局同質化を促すという矛盾も生じ、美意識や価値観と言った、数値や理屈で表せない視点が重要視されています。

特にネットの世界では、広告効果などに盛んに数値的な指標が使われ、ネットマーケティングの効果測定など大きなのメリットとしてもてはやされています。しかし、GAFAといわれる企業達は、そういったメリットを使いながらも「美意識」や「顧客体験」など数値化できない部分をとても大切にしています。数値はあくまで測定やガイドライン、平たく言えば参考値にしかすぎません。

人間の行動や心理を数値化しようとしても必ずどこかに曖昧な部分があります。一見理屈が通っているようでも実際は、そう言う部分をうまく理屈づけているだけで、本質的に解決しているわけではありません。コロナ禍でときどき登場するスーパーコンピュータ−「富岳」によるシミュレーションもそうです。あくまで人間が知り得ている前提によって行っているだけで、知り得ていない前提は入力されていません。当初の感染拡大予測が大きく外れたことは記憶に新しいです。人間は、何が知り得ていないということさえ知り得ていないのが現状で、それは永遠のはずです。

感情や心理は見えないので、明確に数値やカタチにできません。なんとなくのイメージを共有しているに過ぎません。考えて見ると大変危ういものです。だからこそ、失敗や成功があります。成功した人でも失敗するし、逆も然り。

極めて論理的に考えていそうなアップルが市場調査をしないというのも象徴的ですが、人間の考える論理というのは限界があります。そういったことも勘定に入れて、勘定しないと、論理に振り回されて見失います。