言葉の定義の曖昧さによるズレ。

世の中の情報や会話などで当たり前に交わされる言葉でも、双方の定義や前提が違うために、知らない間に認識がずれている場合は非常に多いのではないかと思います。

例えば、コロナに罹患した症状について「軽症」と言われると、一般市民は、ちょっと熱が出たり症状がある程度の軽いものなのだろうなと思いますが、実は医療機関の言う「軽症」は、かなりしんどいものであるそうで、一般市民の感覚で言えば「結構重い」くらいだと言います。実際に軽症だと診断された方が証言しています。
だから、コロナの「重症」というのは相当危険な状態で、「中等症」でも一般市民にすれば「重症」的な感覚なのだそうです。

また、国が新たに設置するデジタル庁のトップの候補に挙がった一橋大名誉教授の石倉洋子氏。「私は専門家でもないしあまり詳しくもないので」とコメントされたために「素人」「何も分かっていない」かのように受け止められましたが、実はこの方はワードプレスも扱えるそうですし、プログラミングの学習もしたことがありPython(パイソン:プラグラミング言語)の途中で挫折したそうなので、決して一般人の思う「素人」ではないのです。経営学がご専門のこの方の言う「詳しくない」というのは、「専門家ではない」という意味であり、プログラムはできなくてもITの体系や特性など要するに「ITとはどういうものか」というのは充分把握されているはずです。

「詳しくない」「軽症」などは、程度の問題が共有しにくいため、その言葉だけではどうしても一般的に多いケースを土台に考えてしまうので、本当は「どの程度詳しくないか」「ここではどの程度を軽症というのか」という事を示して話すべきなのですが、なかなかそう言う機会はありません。そのため、ズレた認識のまま世間の声が大きくなったりして歪んだ世論が高まったりします。
言葉でコミュニケーションを行う場合は、そのキイになる言葉の定義や前提を明確にすると言うことを常に行っていなければ、思わぬズレが生じてしまいます。これは、日常の会話や打ち合わせなどでも起こりがちな事だと思います。