荒唐無稽な話の大切さ。

世の中には荒唐無稽なことを言い出す人がいます。しかし、その時荒唐無稽に見える話が現実になることはたくさんあります。
荒唐無稽とはようするに脈絡がなくでたらめですってことが、それは現状の常識に鑑みるとでたらめみ見えるのであり、ひょっとしたら、見る側が既成観念に縛られているから荒唐無稽に見えるだけかも知れないのです。

ソフトバンクの幹部の人の話で、ソフトバンク創業時、孫社長は、ミカン箱の上に立ち、2人の社員に向かって10年後に日本一のソフト流通会社になると宣言したそうで、その時幹部の人は「この人は頭がおかしいんじゃないか」と思ったそうです。しかし、10年後そのとおりになったと。

バーチャルリアリティやARその他ITの発達による様々なサービスなどで、30年前なら荒唐無稽だったことはたくさんあると思います。ネット社会自体が想像もできなかったでしょうし、江戸時代ならTVさえありえなかったでしょう。

もっとありがちな話だと、ウォークマン開発時に、ソニーの取締役会では1/9で誰も、録音できないレコーダーが売れるわけがないと社内で大反対だったそうですが、当時の社長、盛田さんのひと言で発売になり大ヒット。

アップルのスティーブジョブズはその手の逸話がたくさんあります。イーロンマスクもテスラを創業したときに同様の扱いを受けたそうです。

荒唐無稽な話ほど、むしろとてつもない破壊力を秘めているとも言えます。現状から背理しているだけに、現実として登場したときの破壊力が半端ないワケです。

新型コロナが変えてしまった現状を1年前に戻って話すと荒唐無稽な話に聞こえるかも知れません。

そう言う意味では、人間はいかに過去の体験に縛られるかということが言えると思います。

世の中を変えるようなものは、大概が普段変人扱いされている人が考えつきます。荒唐無稽な話だと思った瞬間に、一瞬立ち止まって、既成観念にしばられていないかを点検することが必要ですね。

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