結果オーライの危うさ。

東京オリンピックが、紆余曲折を経て開催されます。いろいろな状況の中でも開催する意味があったと言うことだと思いますが、国の思惑とは関係なく、開催した限りは現場の人達は一生懸命より良い方向に頑張ります。もちろんアスリートの方々も。そこには、感動やハピネスも生まれます。そうして、終了したら「いろいろあったけど、やり抜いて成功した」という事になるかも知れません。

そうすると、反対派だった人の中にも、「そうだよね」という共感が生まれて来たりします。そうして、怖いのが、「やって良かったじゃない」という空気によって、これまでの過程での問題点が、水に流されてしまうことです。
「上手くいったのに、いまさら何をガタガタ言うのだ」「感動やハピネスにケチをつけるのか」「貴重な成功体験に水を差すのか」などの勝てば官軍的認識です。日本人、特に昭和世代には、この傾向が強いように思います。

何とか上手くいった努力と過程での問題点は別物です。
問題点は、やはりちゃんと検証して改善しなければいけません。これはオリンピックに限ったことではありません。企業でも、結果上手く行ったからと言って、問題点が解消されたわけではないはずです。結果は結果、問題点は問題点、さらに問題のある中でも上手くいった要因は何かなど、状況を冷静に検証することが重要です。