真鍋淑郎さんのノーベル賞受賞が提起する問題。

真鍋淑郎さんが50年前から研究していた気象モデルが「現代の気候の研究の基礎となった」ということでノーベル賞を受賞されました。その功績は、地球温暖化の研究の基礎にも成っているという大変なものだそうで、日本も湧いています。

しかし、記者会見で記者の質問に答えた真鍋さんの返答の中で語った「日本に帰りたくない理由」が日本に問題を投げかけています。
真鍋さんは50年前に渡米しアメリカ国籍も取得し、アメリカで研究を続けています。その理由が「日本の研究環境の悪さ」だと言います。過去にも何人かの研究者がアメリカに渡り同様のことを言われています。青色ダイオードを発明した中村さんも日本の研究者への待遇を批判し一時話題になっていました。

「出る杭は打つ」日本の同調主義の良くないところです。また、正当な評価自体がされない場合も多いようです。それは、評価しているが杭は打つのか、評価自体ができないのか。前者は嫉妬心でしょう。後者には2つあると思います。ひとつは、そもそも評価する目を持っていないこと。もうひとつは、本音では評価しているけれど、他人の目を気にして公にできないこと。これらすべてが、日本の社会で渦巻いているのではないでしょうか。

研究者だけではなく、アートやエンタメの世界でも同様です。あるアニメは、日本の出版社にはまったく相手にされず、アメリカのコンテストに出品したら優勝し、そうなると逆輸入されて日本で評判になりました。アメリカに出す前の各出版社は何をしていたのでしょう。

こういう事態は、評価する目とそれを信頼する各分野の責任者という関係がないのではないでしょうか。あるいは、そもそも、現代の日本には、ものごとを正当に評価できる人が、責任者層にいないのではないかと思ったりします。物事だけではなく、人物の評価ができないために部下を信用できない。あるいは、組織にはびこる隠蔽体質のために、組織内が疑心暗鬼になっているとか。

研究費用だけの問題ではなく、研究を正当に評価し、それを育てる懐の深さがない。だから優秀な人ほど、より良い環境を求めて日本を出てしまいます。これは、企業も同じです。優秀な人ほど、社内に環境がなければ企業をでます。逆に言えば、そう言う企業は、優秀出ない人ばかり残ってしまうと言うことになります。

日本に研究環境がないから50年も前からアメリカで研究し、アメリカ国籍を取得し、日本には帰りたくないという真鍋さん。TVの受賞者紹介画面でも真鍋さんの下には「USA」となっていました。真鍋さんは、アメリカの研究者として受賞したのではないのでしょうか。それを日本人が受賞したと盛り上がる日本の感覚は、どこかズレているのではないのでしょうか。