情報化社会の意味。

情報化社会と言われて久しいですが、インターネットが普及した今は、まさに情報化社会化した社会だと言えます。
かつては、情報こそが価値があるという概念で情報化社会と言われましたが、いまは、誰でも情報が得られる、共有できる、つまり情報の市民化社会だと言えます。

例えば、かつては業界内の事情や価格情報などは、なかなか手にいれるのが大変でした。だから、近くのお店がもっぱらの情報源でそこに情報力の限界がありました。少し足を伸ばせばもっと安い店があったとしても、そこまでの労力が必要でした。しかし、いまはネットを叩けば全国どこでも一瞬のうちに分かります。

以前は、ブラックボックス化していて良く分からなかったこともいまでは、誰かが紹介していたりします。あるいはあばかれます。そのため、ブラックボックス化している部分を利用して(あるいはそれを良いことに)利益を得ていた会社は、苦しくなってきます。「なんだ、何もしていないのに利益だけとってるんだ」ということが分かるからです。
昔はそれでも「流通させている」ことに存在意義がありました。しかし、いまは、メーカーから直接購入できたりするため「流通させるだけ」では存在意義がなくなってしまったのです。

こういう図式がいろいろな分野で起こっています。
情報の共有が進んだために某かの価値を提供しなければ存在意味がないというのが今の情報化社会です。商品を流しているだけでは存在意味がないのです。

また、嘘もばれます。メーカーがどんなに過大に良いことを謳っても、販売サイトのレビュー欄、あるいは膨大なブログには、ユーザーよって実際問題どうなのかが書かれます。
そこで、メーカーの言うことと現実があまりにかけ離れているとメーカーは信用を失います。
情報発信も昔のように、消費者をうまくまるもこめるようなことを言うのではなく、正直に実質的な情報を発信することが必須になっています。

さらに、分野によってはいわゆる「ブランド力」も無力になりつつあります。実質的価値が優先される商品では、レビューによる品定めの前にブランド力は無力です。

いまの情報化社会は、情報に価値があるというだけでなく、その情報が正しいか、正直かということが問われます。
また、情報を操作すると言うことが難しくなってきているとも言えます。ヘタに情報操作したことがばれると、逆に信用を失います。
そして、今の時代、必ずばれます。

情報を発信するだけでなく、どのように発信するかが重要です。そのためにも、以前よりもさらに背景になる企業の考え方やスタンスの明解さが重要であると言えます。