実力と能力。

実力と能力という言葉は、定義があいまいなまま使われている場合が多い。
「本来持っている実力を発揮できなかった」とか「能力を試される機会となった」というような言い方は、少し意味がぶれているようにも思う。しかし、辞書を調べてみると、実力とは1 実際に備えている能力。本当の力量。「実力がつく」「実力を発揮する」2 目的を果たすために実際の行為・行動で示される力。腕力・武力など。「実力にうったえる」「実力で排除する」 。つまり「実際に備えている能力」である。それからすると「本来の実力」という言い方はおかしくて「本来の能力」と言うべきだ。

能力とは1 物事を成し遂げることのできる力。「能力を備える」「能力を発揮する」「予知能力」2 法律上、一定の事柄について要求される人の資格。権利能力・行為能力・責任能力など。
「物事を成し遂げることのできる力」という定義はかなり曖昧である。これだとこの中には「実力」も入るのではないか。

実力とは、「実」なのだから実際の力である。実際というのは、場面や環境も含んで結果的に発揮するという意味ではないか。能力は、「能」だから元々備わっている性能ではないか。

そういう風に定義すると、「能力」+環境その他の外的要因=「実力」ということなのではないか。辞書の定義も曖昧だったりする。言葉の概念が違うと受け取る意味合いも微妙に違ってくる。文章を書く際にも、定義が曖昧なまま使っている人は多く、そのため、本質がみえにくくもやもやしたりする。
これが、カタカナ用語になるとさらに曖昧に成り、業界によっても意味が異なる場合もある。
話をする場合は、そういった定義を共有しながら話さないと伝わらないのだ。