几帳面文化の弊害?

台風や災害などで電車が遅れた際に、「台風のため遅れて申し訳ありません」的な車内放送や校内放送がなされる。
台風という自然現象は、仕方ないものであり、それに対して日頃からの備えが甚だしくできてないならいざ知らず、鉄道会社各社は、おそらく万全の備えをしているはずだ。それでも想定外のことが起こったり、想定内の運行の支障が出る。その場合にも「申し訳ありません」となる。

本来、鉄道会社は謝る必要がないはずだ。むしろ、台風によって運行に支障が起こったのなら、鉄道会社も台風の被害者なのだ。なのに、謝らなくてはいけないこの空気は何なんだろうか?
以上のようなことは、鉄道会社も承知のはずだ。だけど、謝らなくてはすまない事情があるのだろう。
1分でも遅れると苦情を言ってくる客がいるらしい。それに対して「仕方がないじゃないですか、台風なのだから」とは言えない社会。当たり前のことを当たり前に言えないのはどこか歪んでいる。

「お客さまは神様です」という言葉の意味を取り違えて「客なら何をしても、何を言っても良い。神様なのだから」と考えている人は多いようだ。企業もイメージダウンを恐れて、モンスターに近い客にも「神様対応」をする。
1分くらい遅れて苦情を言う人の背景には、1分遅れても叱られる会社や学校、家庭などがあるのではないだろうか。日本人の几帳面な性格がマイナスに働いているのではないだろうか。

「1分でも遅れると苦情を言ってくる客」の悪影響はとても大きいと思う。あの、福知山線尼崎付近での大惨事の背景のひとつにもあるのではないかと思う。無理な時間設定もさることながら、それに遅れると会社から罰が下る。遅れると客から苦情が来るからだ。事故の話を聞いていると、時間の正確さについて、異常なほどの執念を感じる。30分遅れるならいざ知らず、通勤客が、会社に5分遅く着いて、それによって業務に障害がでるということが一体どれだけあるのか。ほとんどないと言っても過言ではないだろう。しかし、電車が5分も遅れると苦情は増えるのだろう。

ところが状況は変わってきて、最近は、鉄道会社も人身事故の二次災害などにについて慎重になり、よく運行停止にするので、ダイヤが乱れることが多くなった。それによって「遅れる」ということに、客も慣れてきたのではないか。これは良いことだと思う。少々遅れても、安全が良いに決まっているのだ。

物事には必ず両面がある。日本の鉄道は世界一正確だと言われるが、それを実現するための努力が生み出している、悪影響もあるはずだ。世界一正確より、世界一安全である方がうれしいはずだ。