マナーとルールと企業活動。

最近は電車の車内アナウンスで「マナーを守って云々〜」というアナウンスがされますが、「マナーを守る」という使い方は間違いです。なぜか日本人は言葉の意味や定義を曖昧にしたまま会話をすることが多いです。そのため勘違いや認識違いが発生します。

「マナー」というのは、礼儀作法のことであり、その規範はモラル(道徳や倫理観)によって決められます。つまり、個人によって異なると言うことです。「ルール」というのは、文字通り規則であり、法律もルールのひとつです。車内で言えば「禁煙」というのはルールであり、「席を譲る」というのはマナーです。車内放送では「席を譲る」や「イヤホンの音を控える」というったことを呼びかけているのでこれは「マナー」であり、守るべき明確な共通規範(規準)がありません。要するに「マナー」ではなかなか共有しにくい規範を「ルール」化してみんなで守るというのが社会の在り方です。

大手のファーストフードのオペレーションマニュアルは、マナーの部分もあるにせよ、概ねルールとしてマニュアル化されています。年齢や性格や価値観の異なる大勢の従業員が、決まったルールで動くことにより、店舗を問わずサービスの質を均一化し、同時に企業としての労務管理をしやすくします。

しかし、その弊害もあるわけで、お客さんはいろいろな人が来店し、いろいろなケースが生じます。そこに柔軟に対応するには、画一的なルールでは限界があります。その時に生きてくるのが、企業文化としての価値観です。企業の倫理観や道徳観が明確にあり、従業員に浸透していたら、「ウチの場合は、こういうときはこうするべきだ」という行動規範が自然と分かります。

それは、お客さんにとっても余ロコ婆良いことであるし、従業員にとっても、自分の判断で行えている充実感があるはずです。それには、従業員が、会社の倫理観や道徳観に共感を持っていることが重要です。

ルールで行われる接客よりも、マナーやモラルで行われる接客の方が心地よいはずです。そのためには、経営者自身が計画な倫理観や道徳観を持っていなければなりません。最近ニュースを賑わせる大手企業の失態や隠蔽は、日本を代表する企業の経営層に明確な倫理観や道徳観がなくなっているということの表れではないでしょうか。

経営層がそれでは、社員が正しく行動できるはずがありません。日本企業の凋落は、その悪循環で起こっているような気がします。いくら技術力を持っていても、これからの時代は倫理観や道徳観が明確でなければ社会に受け入れられません。また倫理観や道徳観といったものは、そう簡単に変えられるものではありません。何より経営層自体がそれを分かっていなければ変わりません。しかし、残念なことに同じような失態は繰り返されます。分かっていないことの証しです。日本企業の凋落の原因がここにあると思うのですが。