「視野を広く」「得意分野を持つ」の死角。

昔から、「視野は広く」あるいは「得意分野を持つ」ことが良いとされていますし、それは間違いではないと思います。
ただ、それがすべてではないことを認識する必要があると思います。人間の時間には限界があります。どんな人でも1日は24時間であるし、睡眠と食事はしなければならない、要するに、情報収集や技能の習得に費やせる時間は限られていると言うことです。

その中で、視野を広げたり、得意分野を持つための努力をするわけですが、視野を広げるための情報収集と得意分野を持つための努力は、相反することです。得意分野を持つためにある分野に集中するということは、視野を狭くその分深くするということです。視野を広くするためには、ここの分野をあまり深掘りしては居られません。

要するに、本質はそこではないということです。視野の広さも一番、専門分野も一番という人は存在しないと言うことです。
「視野の広さ」は情報量ではなくて、ものを見る目です。そしてそれは、ひとつのことを深く掘り下げることで、ものごとの本質や法則を知り、それによって他の分野も推測理解できるようになると言うことです。

本質や法則は、他の分野にも共通することです(逆に言えば、他の分野にも通用しないことは本質や法則とは言いにくい)。
それによって、視野が広がるということではないでしょうか。

ひとつのことを掘り下げる過程で、関連する物事を知り、何がどう関連しているのかとか、どんどん知識が広がって行きます。またその知識はすべてつながっていると言うことが重要です。つながっているためそこにはひとつの世界観やストーリーが存在します。

そのあたりがただ情報として摂取している知識とは潜在力がちがいます。つながりで理解している知識は、のちのち大きな力を発揮することがあります。何かにヒントを得て、その知識が大きく飛躍することがあります。

そう言う面で考えると「視野を広く」や「得意分野を」というのは、結果としての現象であることが分かります。
大事なのは「興味を持つ」ということではないでしょうか。「興味」から得意分野や視野の広さが培われていきます。

そう言う意味では「好奇心旺盛」というのが良いのかも知れませんが、ここにも死角があります。これは何にでも興味を持つという風に解釈されて、それは間違いではないですが、前述の域に行く「好奇心」は疑問を持つということではないでしょうか。
「なんでこうなってるの?」とか「これは何だろう?」とか。そして、その次が大事で、それを知るために行動することです。ここが分かれ目かも知れません。多くの人は、疑問を生じたとしてもそこで終わってしまいます。さらに探求するということをしません。

そう考えると「探究心」も必要です。
「興味を持つ」「探究心がある」そしてもうひとつ「継続力」があることが、本当の意味での「視野の広さ」や「得意分野」につながるのではないでしょうか。

知識だけの情報を詰め込んでもすぐに忘れてしまいます。
また、その分野について人に教えることができるくらいでなければ「得意分野」とは言えないのではないでしょうか。

では「得意分野を持つ」ということはどういうことなのでしょう?
それは、また別の記事として書いてみたいと思います。