「ビジョン」と「目標」

心ある政治家が理想とする未来を掲げると「そんなことをどうやって実現するんだ」とか
「実現不可能なことを言うのは無責任だ」とか言う声が上がりますが、
その声はビジョンということをちゃんと理解していないのではないかと思います。

ビジョンは、未来のあるべき姿であり、
それは実現できるかどうかは別にして「あるべき姿」なのです。
諸処の理由から導かれた「あるべき」なのであって、
「べき」なのだからそこにいかなくてはならないものなのです。

そこでそのビジョンをどうやって実現しようかと知恵を絞って考えます。
実現までの道筋がみえたら、各所に「目標」を掲げます。
この「目標」は実現可能なものとして設定されるものです。

つまり「実現不可能なことを言うのは無責任だ」
と言っている人たちの「ビジョン」とは「目標」のことなのです。
しかし、「ビジョン」がないのに「目標」が設定できる道理がなく、矛盾しています。
この「ビジョン」と「目標」の捉え方が不明瞭な人は多いと思います。

実現可能かどうかは別にして、とにかくあるべき姿の「ビジョン」を設定し、
「そんなことをどうやって実現するんだ」は、
ビジョンを設定した後に実現方法を考えるのです。
繰り返しになりますが、ビジョンがないのにその実現方法は考えられないのです。

実現可能かどうか分からないことに向かっていくのは、
間違いではないのかという声がありそうですが、
著名経営者は口をそろえて言います「ビジョンは荒唐無稽なものだ」と。

荒唐無稽だからこそ実現することで革新が起こせるのであって、
ビジョンとしての意味があるのだと。

すでに道筋が分かっていることしか示せないのなら、
可能性はとても狭いものになります。
現実的には何も変わらないでしょう。

本当に実現したい未来に向けては、多くの課題があるはずです。
その困難な課題を英知を結集して取り組むことで
思っても見なかった道が開かれるはずです。

困難な課題のない道には、大した未来は訪れません。
これは、企業や事業でも同じ事が言えると思います。