変化する商環境の中で素朴な視点をもつ。

一時は、世界を席巻したForever21の経営危機が報じられ、Dean&Delucaは、本国ではビジネスの継続すらあやぶまれているそうです(日本は好調)。

米国では、ダイヤモンド業界が縮小しているそうです。原因は主たる購入者である結婚適齢期の世代の意識の変化だそうで、ダイヤモンドという商品の売られ方(自分の好きな時に好きなように買うことができない)、価格性、製造背景など、従来なら何の疑いも持たれなかった事への違和感や世代意識とのズレが生まれているとか。そしてそもそも「ダイヤモンドの結婚指輪を贈る」という習慣そのものがkずれつつあるらしいです。
背景には、ネットコンシャスな世代感覚や合成ダイヤモンドのコストダウンと台頭、などいろいろな要因があるようですが、ネット先進国、マーケティング先進国の米国でせ、古い業界体質から転換できずにいたということなのでしょうか。

商環境は、めまぐるしく変わりますね。しかも、そのスピードに加速度がついているような気がします。今は好調な商売でも、気を抜くとあっという間にお客さんがいなくなってしまいそうです。

昔と違って、販売方法、決済方法、製造方法など、商品のアイデアだけでなく商売を構成する要素のスタイルがとても多様化しています。
便利になった分、選び間違うとずれてしまうと言うリスクもあります。

基本は、お客さんが望むモノを望む価格と望む方法で、そして特に今は、ウソ偽りなく提供することだと思います。
洪水のような情報に絡め取られそうになったら、素朴な視点に戻ることが大切なのだと思います。

思い込みの点検。

人間はすぐに思い込んでしまいます。
状況が変わっていても少し前の成功体験が継続すると思ってしまいます。

しかし、実際は違っていたりします。
大手ファミリーレストランチェーンが、24時間営業をやめたら(徐々にやめていったそうです)、7億程度の赤字がでるだろうと予想していたら、逆に7億円の黒字になったそうです。理由は、従業員の意欲や配置が良くなってサービスが充実したとかが大きな理由だそうです。

そもそも、深夜営業をやめたのは、深夜のお客さんが減ったからで、背景にはSNSなどの発達で居ながらにして夜にコミュニケーションをとることができるようになり、「深夜にファミレスに集まって〜」という必要がなくなったという需要の変化があるようです。

これはコンビニでも同じことが言えます。だから、「深夜に開けていないと売上が下がる」はもう過去のことで、「開けていてもさほど売上はあがらない」だろうし「従業員確保が難しい」上に「開けていると赤字になる」という状況なのだと言うことですね。

また、深夜に行っていたお客さんも深夜にしかいけないとうことではなく、開いていくから行くという人もいたはずです。多くの人は営業時間が限られていれば、それに合わせて行くでしょう。
「深夜に開けていなければ」売上が下がるというのは、過去を土台にした思い込みだった、環境はもう変化しているということですね。

大昔ですが、アメリカの通販が「いかなる理由でも返品OK」を打ち出しました。いっぱい返品されそうで怖くなりますが、実際の返品率は1%にも満たないそうで、返品のコストより、「いかなる理由でも返品OK」による安心感(=信頼感)の獲得の方がよほど大きいと言うことでした。「簡単に返品されるリスク」は思い込みで、予想外のメリットが大きかったということです。

「お正月に店を閉めるとライバル店に客を取られる」とか「いつも開いていることがサービスだ」とかお店側は思いますが、利用する側は状況に合わせて考えるし、基本的に良いサービスをしているとお店の事情に合わせて利用してくれるということなのではないでしょうか。
冒頭のファミレスの「従業員が楽になってサービスが充実した結果、売上が伸びた」というのは、そういうことなのでしょう。

過去の成功例を土台にした思い込みは一旦棚に上げて、状況を鑑みて考えることが大切なのだと思います。

マーケットの拡大縮小の性質。

昔からマーケットの広がりは、まずイノベーターと呼ばれる先行層(新しもの好き、感覚が新しい、情報力がある等等)が購入し、世間に知られるように成り、それが「良い」と認識されると、大衆が「私も」マネをして購入し始めボリュームになっていきます。
この法則は、人間の特性だと思いますので、古今東西変わりません。
商品によって状況が異なるので、一概に言えませんが、多くは、ボリューム化すると大手企業が参入し、価格競争になります。(マーケットサイズにもよりますが)最初に売っていたのが小さな企業であれば、早めに撤退した方が安全です。ボリュームが増えて価格が下がると言うことは、基本的には薄利多売になるということです。

さて、人口減少が始まった国内で、これから薄利多売のビジネスモデルは、リスクが大きくなるはずです。
なくなるわけではありませんが、損益の分かれるボリュームを超えられないマーケットが出てくるのでないでしょうか。

時代を遡って考えると、大昔に単価が高かったのに、ある時期単価が劇的に下がった商品があると思います。
もちろん、製造方法などに改革があったことも要因ですが、ボリュームを売ることで(売ることが出来るようになったことで)、利益が得られるようになったためです。ファッションやインテリアなど、生活必需品ではなく、生活充実品です。豊かになって、今までは、それほどファッションやインテリアに気を遣わなくなった人も、そこに消費をするようになりました。

「レトロ感覚のインテリア」「北欧風の家具」「アジアンリゾート風」みたいな本来一部の趣味的なテイストであるものもメディアで紹介されることでボリューム化していったのは、よく考えると不思議でもあります。

しかし、マーケットが縮小してくると、シェアが上位の商品(企業)以外は採算が取れなくなるはずです。必要なボリュームを確保できなくなるからです。それはつまり、商品の選択肢(一般市場として)も少なくなると言うことです。そうなると、こういった趣味性の世界は広がりがなくなり、趣味性の高いお店まで行って探すほどではない一般消費者は興味がなくなります。
そうなるとボリュームはさらに小さくなり、シェア上位の商品ですら成立しにくくなります。

こういたことが、今後はあちこちで起こってくるのではないでしょうか。

今考える未来は正しいか?

90年代のバブル崩壊に見られるように、例え専門家であっても先の真実は分からないのです。作家の故橋本治は「哀しいことに、未来というものは、『現在の少し前まで』を材料にしてシミュレイトされることが多い。だからそのシミュレイションは、あまり役に立たない。変わる現実はすぐ変わるから」と書いています。

人口減少が現実に始まり、都内の空き室率33%と言われてもまだ、マンションは増えています。今まで以上に大きく変化しそうな時ですが、多くの人や企業が相変わらず従来の感覚から抜け出せないように感じます。

ひょっとしたら今、荒唐無稽と言われているような未来が本当は正しいのかも知れません。メディアで多数派のことは間違っているかも知れません。
実際バブルの時がそうでした。今こそ、少数の意見に耳を傾けなければいけないのかも知れません。

「自分が考えていることは正しいのか?」「従来的な思考にとらわれていないか?」という問題意識を常に持っていないといけないですね。
人間は、そういうものだから。

幸せ観の再定義?

破竹の勢いで成長した人気飲食チェーンの成長が鈍化、低迷しているというニュースが流れ、その原因はというと、案外単純で、マーケットが飽和状態になっているといいます。
企業は、今までのマーケットの感覚の加速度で成長イメージを描いていたけれど、実際はもっとブレーキがかかるということではないでしょうか。これから、こういったズレはいろいろなところで出てくるのではないかと思います。

人間はどうしても過去の感覚にとらわれてしまいます。住宅の分野でも数年前から供給過剰といわれ、都内でさえ賃貸の空き室率が33%だと言われながらも都市部ではあちこちでマンションが建設され、数年後が懸念されています。
ブレーキのかかる情報が充分出ているのになかなかブレーキを掛けることができません。人間は、まだいけるのではないかと思うからです。
しかし、若い世代では、過去の経験がないからか、そう言う時代に素直に素朴に向き合う人がでてきています。

「売上を、減らそう。」という本で話題になった飲食店の経営者は、象徴的です。この例だけでなく、大阪の「好きなときに出勤して良いエビ加工工場」や「嫌いなことはしなくて良い」というZOZO。古いところでは「ホウレンソウ」を禁止した未来工業。
人口減少と直接関係があるわけではありませんが、要するに発想の転換というか、過去の経験にしばられないというじなやかさです。

成長して売上をあげて給料を上げて、その先に幸せな人生があったのか?という問いをなげかけているのではないでしょうか。
今までの「幸せ観」自体が形骸化したイメージなのではないのでしょうか。これからの企業の在り方も「幸せ観」自体を再定義していかないといけないのではないかと思います。

人の感覚はいい加減。だから演出が重要。

TVでときどきやっている「芸能人格付け」は、芸能人が安いワインと高いワインを飲んで当てるというような比較クイズをやって外れるとランクを落とされるというゲームですが、ことごとく外れます(笑)
TV番組なので多分に演出は入っているでしょうが、実際人の感覚はあてにならないものです。
警察などでも「青いクルマだった」という目撃証言が実際は赤だったというようなことがあるというのは有名な話です。

ひと頃、百貨店がブランドエビを使用しているとしていた料理が実は普通のエビだったという詐称疑惑がニュースになりましたが、実際、それを食べたお客さんで気づいた人はいなかったはずです。
普通のエビもブランドエビ並みに美味しかったワケです。というか、美味しいと思い込んで食べるので、よほどの違和感がない限り美味しいわけです。

人間のこういった感覚はとてもいい加減です。決定的な差があるもの以外は、なんの情報もなく味わっても分からないのです。多くは事前の情報によって、美味いとか良いとか思い込んで味わうわけです。

情報とは、演出です。何らかの付帯情報を加えることで「良く見せる」。人間は初めて買うモノについては「良さそうに見える」から買います。

悪く言えば、「上手いこと言ってその気にさせて買わせる」とも言えますが、成熟市場におけるマーケティングはまさにそのものです。そのまま並べているだけでは売れないので、あの手この手で「その気になるような」演出を行います。

悪いことをしているようにも聞こえますが、商売というのは、昔からそういう面があります。有名な平賀源内の「土用の丑の日にはうなぎ」などは、最たるものです。

多くのマーケットが成熟化している現代では、この「見せ方」がとても重要になっているわけですが、意外にも、商品作りに熱心なメーカーほど、この「見せ方」についての意識が薄かったりします。

こだわりVS分かりやすさ

ちょっとこだわりがあるような雰囲気の良い飲食店に入って、ご飯を食べようとメニューを見るとたくさん書いてあって、しかも良く分からない言葉が並んでいて、何をどう注文したら良いか分からない事があります。
お店の人を呼んで聞くことができるときは良いのですが、忙しそうにされていて、声を掛けにくかったり、なかなか来てもらえなかったり。その間、メニューを片手にぼんやり。混んでるときなどは、あきらめて店を出たこともありました。そういうときに、「初めての方におすすめメニュー」として数点のメニューがかいてあると安心してそれを憂悶するのです。
リピーターや詳しい人には、こだわりのメニューは嬉しいでしょうが、よく知らない初心者には、無用の長物です。
分かりやすくて注文しやすいメニューが欲しいのです。結果的においしければ、また来るでしょう。そうしていると詳しいメニューも分かるようになります。
一般的にたとえこだわりのお店であっても、飲食店に来る客の9割は味にこだわらないと言われます。おいしければ良いということです。
ファッションも同じです。ユニクロの柳井さんは、9割の人はファッションこだわらないと言っています。
いろいろな分野で同様の法則があるのではないでしょうか。

そういうボリュームの人達は、分かりやすくておいしい、楽しい、カッコイイというのが良いのです。
ただし、お店のカラーを作るのは、残りの1割のお客さんですが。

MBA型マーケティング思考の落とし穴。

マーケティングというのは、商売を科学的に考えることです。科学的とはつまり、解析して理論を組み立て、それを適用して「正しい答え」を出すことです。つまり、極端に言えば同業同環境のマーケットにいる業者はみんな同じ答えで動いてしまうと言うことです。「差別化」しなければいけないのに同じ答えを土台にするから骨格の部分が似てきます。
ここにMBA型の限界があると言われています。

世界のトップ企業では、MBA型から脱却するためのアート思考、美意識の鍛錬が重視されています。アップルが「マーケットリサーチはしない」と言っているに代表されるようにGAFAの企業の活動が象徴的です。彼らは、美意識や才能ある人の思い込みなどを重視してマーケティングを展開しています。

こういったことは、企業の規模は関係ないと思います。むしろ、日本的思考からすると大きい企業ほどMBA型です。そこに現状の日本の大企業の弱さがあるのかも知れません。
日本ではよく、「事例はあるのか」と言われますが、事例があると言うことはもう他社がやって成功していると言うことです。そこに乗り込んでいくほどバカなことはありません。
他社と違う新しいことをしようと思えば、事例などないはずです。サントリーの創業者の有名な言葉として「やってみなはれ」がありますが、やってみてだめなところを調整していって自社独特の手法ができていくのです。昭和の創業者は、独創的だったのですね。

「キャッシュレスは定着するか?」とは???

未だに「キャッシュレスは定着するか?」的な記事が見られていろいろな分析がされていますが、「キャッシュレス」は定着するしないではなく、どれくらいで普及するかなのです。普及しないわけがないのです。
「日本人は現金崇拝だから」などと言われますが、そういった意識も利便性の前には吹き飛んでしまいます。まだ、良く理解されていない、慣れていないだけです。

キャッシュレスと現金とを比較すると、どう考えてもキャッシュレスの方がメリットが大きい。現金を扱うがためのセキュリティ費用やレジ管理の人件費など、現金であるためのコストは膨大です。これらのコストがなくなるのだから、特に大企業はなんとか導入して普及させようとします。大企業が導入していくと、利用者もキャッシュレスを安心して使い始め、慣れていきます。

インターネット黎明期にも同じようなことが言われました。しかし、インターネットは、かつてない利便性により社会インフラ化しています。いまや多くのサービスがネットを前提に考えられるようになりました。

ビットコインなどで知られるブロックチェーンによるデジタル通貨も、同様なことが言われていますが、どこかでブレイクスルーが起こり、安心材料が生まれ、加速度的に普及していくはずです。メリットが計り知れません。

多くの新しい仕組みは、みんなが使っていないか不便だったり不安だったり、そういう精神的な理由がハードルになっていると思います。
「分からないから」なので「分かった」ら、一気に普及し始めるはずです。

吉本問題の売りの構図。

世間を騒がせている吉本興業の問題は、複数の物事がねじれてきて7月30日現在良く分からない状態になっています。

元々は所属芸人が行った直営業に反社会的組織が絡んでいた、その話にウソがあったというところからスタートしていますが、問題がよじれてきて、吉本興業の社内体制や考え方自体も問われるような自体となってしまっています。どちらも、モラル云々の話も問われてきたりと、マスコミ、大衆の野次馬騒ぎの餌食のような様相を呈してきています。

所属芸人と会社の戦いのような構図になってしまい、芸人がまるで吉本の社員のような位置づけで語られていますが、吉本芸人は吉本の社員ではありません。

基本的には、吉本芸人は吉本興業の商品なのです。この企業と商品という構図が忘れられて、社員や会社と一緒くたに語られているような印象です。
企業と商品。八百屋で言えば、野菜や果物、トヨタで言えば自動車、家電メーカーで言えば、冷蔵庫やテレビです。企業は、自社の商品を常に磨くし、大切に扱うし、また責任もあるのではないでしょうか。

一方、芸人は個人事業主であり、仕入れ商品であるから、吉本としては安く仕入れて高く売りたい。売れすじ商品なら入り値が高く、売れない商品なら入り値が安いのは当たり前です。入り値を高くしたいなら、売れる商品になることです。売れない商品をなんとか仕入れてもらうように頼むと安く叩かれるというのも世の常です。売れる商品なら会社はよろこんで仕入れるでしょうし、入り根交渉も芸人に有利でしょう。芸人の方が、ギャラ比率が公平でないというのは、この法則を理解していないのでは?と思います。

ただひとつ、世の会社と違うのは、吉本を始め芸能界というのは、その商品が人間であることです。感情も生活も健康もある普通の人間です。その点ではお客さんとも吉本の社員とも変わりません。
その人間である商品の人間としての扱い方によって、芸能事務所は、芸能人は、売れ行きが変わってくるのではないのでしょうか。