時代は「オープン」。

今、新しい時代への重要なコンセプトのひとつに
「オープンであること」があるのではないでしょうか。

古くは、オープンソースくらいから社会の仕組みとして具現化してきたのかも知れません。
オープンソースは、ソースを公開するだけではなく、
すべてをオープンにしてみんなで「共有」しながら進めると言うことです。

オープンソースのソフトウエアは、ソースコードをオープンにして
誰もが改善できるようにしました、しかも無料で。
その結果、世界中の優秀なプログラマーが開発に関わることができ、
生まれたのが有名なものではリナックスであり、
ワードプレスもそうで、世界中で使われ、今も進化しています。

考えてみれば、インターネットもそうです。
情報を「共有」することで、今まで限られた人しか得ることができなかった情報を
世界中でオープンにして、誰もが簡単に見れるようにしました。

今、「オープンであること」で注目されるのが仮想通貨です。
ブロックチェーンという技術は、通貨の運営を共有する仕組みです。
いままで、国が管理していた「通貨」をブロックチェーンという技術によって管理し、
世界中の人が情報を共有できるようにしました。

つまりブラックボックスがないということです。
ブラックボックスがあると、そこで何が行われているか分かりません。
誰ががずるいことをしていても分かりません。
信用で成り立っています。ということは、
常に不信感がつきまとっていることでもあります。
しかし、オープンにすることで、全員が公平な存在になります。

最近の組織のいろいろな事件が結局うやむやに終わって、
もやもやした不信感が残ってしまうのも
肝心のところがブラックボックス化していて、
何も説明されず話が腑に落ちないからです。

いま、ビジネスも昔のようなはったりやまやかしが通用しない時代になりました。
いろいろな情報がオープンになっているからです。
ごまかしていてもすぐに分かります。
最近世間を騒がせている「不祥事」のほとんどはそれですね。
もう、ごまかせる時代ではなくなってきているのです。
ブラックボックスの多い組織は信用されなくなるでしょう。

人間は、どうしてもずるいことを考えてしまいます。
それを技術の力でなくしていこうというのが、
新しい時代のマインドなのではないでしょうか。

不祥事と人間の成長。

相変わらずいろいろな分野で不祥事が起こり、
謝罪会見が開かれ、その内容もいつものことながら
お粗末な印象がぬぐえないようなものが多数。
こういうことは、一向に減らないし、昔より人口が増えた分だけ
発生も増えているのかも知れない。

そういうことについては、人間は成長しないのではないか。
そういうあほらしいような不祥事を起こしてしまう人は
常に一定の割合で存在し、そういう性格は
ほとんど改善されることがないのではないだろうか。

そういう人達がやはり組織にも影響を与えるので、
同様に不祥事は一定の割合で起こりうるのかもしれない。

それを防ぐには、おそらく仕組みでは無理で、
そういう人を入社させない文化しかないように思う。
そういえばグーグルの採用基準は、
グーグルの文化に合うかどうかだと聞いたことがある。

文明が発達してもそのスピードよりは、
人間の成長はずっと遅いという事だろう。
そりゃ、ホモサピンスの進化には何百万年もかかっている。
目に見えて分かるわけがない。

ということで、恐らくあほらしい不祥事は
この先も起こり続けるに違いない。
くれぐれも巻き込まれないように注意しなければ(笑)

日本の企業が世界に勝てない3つの視点。

最近起こる企業や団体など、特に大きな組織であきれるような不祥事が頻発するのを見ていて不思議に思ってもやもやしていたことが、3冊の本でいくぶん晴れました。

ひとつめは「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか」山口周著。
組織は、良くも悪くもそのトップの考えで動きます。GAFAと言われているアメリカのトップ企業の経営者と日本のトップ企業の経営者と、言っていることがあまりにも違いすぎます。考えている次元が違うというか、つまり経営ということの捉え方が違うのだろうと思います。
それによって、企業の文化や発想もモラルも違ってくると言うことですね。著者は、MBAがもてはやされた時代は終わったといいます。その理由はとても納得のいく話で、商品がコモディティ化している大きな原因でもあります。ひとことで言えば、理屈で勝負する時代は終わった、センスの時代だということです。いかにも日本の老舗企業が苦手そうなコンセプトです。実際そうです。
社員にいくら優秀な人がいても、経営者にそれを見極める目がないと意味がありません。やがてその優秀な人は、やりがいを求めて社外へでてしまうでしょう。

そういうことが書いてあるのが同じく山口周著の「劣化するオッサン社会の処方箋」。日本の企業の組織構造の法則がかいてあります。これを読むとなるほどと思うのがいわゆる大企業病というやつです。それはまさしく、この「二流、三流の人間が組織を牛耳るようになる」という法則の生み出す病であり、一連の不祥事も背景が鮮明に見えてきます。そして、先の「美意識」がいかに大事かと言うこともわかります。
そして、その企業を牛耳っている人には「美意識」は分からないのだろうということも想像できます。

なぜそんな法則ができてしまっているのかという答えが「なぜ日本企業は勝てなくなったのか」太田肇著。どんずばのタイトルですが、「分化」という視点で日本の組織の特性を解剖解析しています。これは、集団を大切にする(個を犠牲にしてまでも)日本独特の国民性というか組織文化に起因する体質を指摘している内容ですが、とても的を得ていると思います。まさに企業内のもやもやした空気は、この分化されていないことから起こります。ここを変えないと企業の生産性の向上や創造性の高い文化は望めないことが良く分かります。

この3冊に日本の企業が勝てない本質が集約されていると思います。それからすると、日本のいわゆる老舗の大企業が欧米の新興企業、ましてやGAFAに勝つなどと言うことは根本的に無理だということが分かります。へたするとそれら企業は、次の時代滅びてしまうのではないかと思えるほどです。経営者が、新しい発想の人に変われば可能性はあるでしょうが、そういう人を経営者にできる分化もないし、おそらくなってもすぐに引きずり下ろされるでしょう。それをみて、社内の優秀な人は、どんどん社外にでてしまいます。

期待できるのは、日本の新しい企業です。やはり新しい企業の経営者が言っていることは、老舗企業とは根本的に違うことが多い。
「劣化するオッサン社会の処方箋」から推測するとやはりそういう企業を興す人は一流の人でしょう。
アメリカでもとっくの昔に老舗企業は衰退し、GAFAと言われている企業はすべて新興企業です。しかもすべてIT企業。日本でまだ重厚長大の老舗企業がトップにいること自体が日本の体質改善できていない現れなのでしょう。これが入れ替わらない限り、日本がまた世界に勝てる日は来ないのではないかと思う今日この頃です。

ただ、老舗企業の中でトヨタの現社長は、いままでの経営者とは違う体質のような気がします。老舗企業の中で、トヨタだけが世界で生き残れるのではないでしょうか。

 

何かと、うやむや。

日本体操協会と宮川選手の話は、塚原夫妻には、パワハラが「なかった」ことになり、結局宮川選手が「始末書」を書かさせるという滑稽な話になってうやむやになって終わった。
何から何まで筋が通っていないにもかかわらず、一件落着したように話が収まってしまった。
これでいいのだろうか?宮川選手自身は、もちろん納得していなくても、始末書でも何でもかいて、早く練習に戻りたい一心だろうけど、あれだけ話題を盛り上げたマスコミはそれでいいのか?そこが不思議だ。

マスコミも指摘しているとおり、誰が考えても筋が通っていないし、おかしいだろう。なぜ、もう収まってしまうのだろう。

最近は、こういった炎上して結局うやむやになって立ち消えになってしまうということがホントに多い。

糾弾される組織が劣化していると同時に、マスコミもやはり組織、同様に劣化しているのだろう。マスコミもスクープする一方で、政財界との談合的体質もあるようだし。報道という行為を考えると劣化しているのだろう。気概を持った記者さんは居づらいような組織環境があるのかも知れない。

違う販売方法ないのか? 定期券の購入の長蛇の列。

春の新学期の頃になると駅に定期券購入の長蛇の列ができる。通学定期は学校の証明書の提示が必要なので、窓口できた買えないようですが、あの長蛇の列はとてもムダが多いような気がします。長い時間待っている購入者も大変だし、対応する駅員も大口購入とはいえ、効率的とは言えないような気がします。

証明書の問題なので、学校から鉄道へのフォーマットを作ってオンラインで予約支払い等ができるようにできないのでしょうか。
IOTだ5Gだキャッシュレスだ仮想通貨だと言っている時代に、なんともアナログで非効率的な感じがします。

広告の落とし穴。

Youtuberなどの投稿が高い再生数を得ているがその報酬は広告である。しかし、それらの再生の多くが、そういった投稿を面白がって何度も見る小学生だという話があり、そこで広告されても広告効果はない、つまり広告主は広告費をドブに捨てているという話があります。

そういう盲点というか落とし穴は実はたくさんあったりする。そもそも視聴率調査やネット広告などは、やろうと思えばいくらでも操作できるものだ。広告を実施する代理店が、裏でクリックを稼ぐバイトを雇っていたりする場合もあるようです。

また、一般的にマーケティング調査の結果が年令層別に出されたりするが、そもそも各年令層の人数は、同じではないのだから、そのままでは等しく比べることができないものです。しかし、各年令層に人口比率を掛け合わせて代表性の分布を整えてる場合は見たことがありません。
そのような調査結果を基に媒体資料や広告結果がまとめられていたりするため、実はまったくあてになりません。

最近発覚しましたが、国政の調査自体、結果が捏造されていました。
結局そういうことなのです。どこかが支配しているものには、必ずブラックボックスがあり、そこは、支配者の良心に頼るしかないという、心許ない現状があります。

調査結果に頼って、商品開発や広告を行ったが上手く行かなかった場合の要因のひとつには、こういった事情もあるはずですが、決して明らかにはされません。

そう言う面で、アップル他いくつかの企業で、市場調査をやらないというのは正しいと思います。
また、いま流行りのオウンドメディア(自社コンテンツ)を使って販促を行うのは、ブラックボックスによるコストのロスがありません。

仮想通貨のシステムも金融のブラックボックスを生まない超民主的なシステム。これからの時代はそういう方向に向かっていくのでしょう。

少子化と経済格差。

若い世代で子どもをつくらない理由の一番は、経済的な問題だ。いろいろな環境を整えようとしても、根本的に収入が少ないと利用することも、そもそも結婚することもできない。

そのような貧困化する若い世代がある一方で、株等で儲けた裕福な層がある。1世帯でいくら稼いでも、それに比例して子どもを産むわけではない。そういう面では、収入の偏りも少子化の原因なのではないだろうか。

ひところ、ジェンダーマイノリティは生産性が低いとう発言が問題になったが、富裕層こそ、収入に比べて子どもの生産性は低い。

何十億も資産を持っていても子どもは数人だが、その何十億を若い貧困世帯に配分すると何百人もの子どもが生まれ、子育てができるのではないか。人が一生生きるには、贅沢をしても20億あれば充分なのではないか。ここまできたら、20億以上の資産を持つ者は、それ以上の資産の半額を税金として子育てにまわせばどうだろうか。
もしくは、そういう施設に投資をさせるとか。

故郷納税の矛盾。

ふるさと納税の返礼品の問題が取りざたされているが、そもそも、「ふるさと納税」なのに、故郷でも何でもない人にも納税をさせてしまうからおかしなことになるのだ。なぜ、そんなことをしたのだろう。

そもそも、地方でそこの税金を使って生まれ育っても、社会人になって稼げるようになったら、東京などの都会へ出てしまい、故郷には税金を使った見返りがないから、故郷に納税させようというのがふるさと納税の趣旨のはず。だから、納税できる人は、なんらかそこで生まれ育った人に限定するべきなのだ。

それなのに、「地方再生」などと謳って、まったく関係ない人も納税できるようにした。こんなバカなことをだれが考えたのだろう。
いろいろな場面で、こういう筋の通っていない、良く分からないことが起こっている。

これを決めるときに、おかしいという人はいなかったのだろうか。言えない何かがあったのだろうか。

千葉の虐待事件でアンケートを渡してしまったり、企業や行政その他組織のあるところで、このようなおかしなことが頻発している。

ジャーナリストの存在

安田純平さんの事件で、自己責任論が取りざたされる中、ジャーナリズムの在り方も問われるところだが、安田さんだけで話をしてはいけないように思う。

安田さんを含め、紛争地帯を取材するジャーナリスト全体としてとらえなければいけないのだと思う。危険を承知して、国の警告に反して、なぜそこに行くのかと言う声も自然だろうが、彼らは、そこに自分の生きがいを見いだしているからのはず。そうでなければ誰が好きこのんで行くだろう。

一方、社会は、そういった彼らのおかげで、そういった地域の状況が少しでもわかる。マスコミでも言われているが、それはとても重要なことではあるはずだ。危険な地域のことは何も知りませんでは成り立っていかない時代だろう。
ある面、社会がジャーナリストの生きがいに乗っかっている部分もなきにしもあらずではないだろうか。
そう言う面では、「国の警告を無視して行った彼らを助けるのはおかしい」という論理もバランスが悪くなる。
こういう場合にどういう背景で助かったのか、重要な情報は表に出てこないので、推測はできても真実は分からない。世の中、重要な情報ほど表に出てこないのだ。だから、白黒つけるのではなく、グレーな部分をうまく解釈していかないといけないと思う。

少なくとも安田さんは、仕事の実績を見ても一級のプロのジャーナリストだし、ネットで書かれているような「自称ジャーナリスト」でないことは明白で、その方が命をかけて取材しているということを念頭に置いておかないといけないのではないか。

ハザードマップについての思い違い。

最近、防災意識が高まり意識されるようになりましたが、ハザードマップって、存在はみんな知っているのに、ちゃんと見ている人は少ないのではないでしょうか。また、ちゃんと見ないわりには、見たらみたでハザードマップを過剰に信用してしまうというねじれ現象があると思います。

防災の仕事をしたことがあります。専門家が言うには「ハザードマップは、あくまである”想定”を元に作ってある。災害は、想定を越えることもある」。考えたら当たり前のことです。
ハザードマップは、過去の災害のデータを元につくってあるので、その「想定」を越える災害が来ないとは言えないのです。

ですから、ハザードマップがあくまで「参考」なのです。危険地域になっているからと言って必ずそうなるとは限らないし、危険地域ではなくても、危険になることもある。
素朴に考えたら、ごくごく当たり前のことです。

最近、ハザードマップで住宅を買ってそこが間違っていて、浸水したというようなニュースがありました。被害に遭われた方はお気の毒ですが、買われるときに少し注意すれば防げたのではないかと思います。
もちろんハザードマップで売り込む業者も業者ですが、買う側もそもそも「ハザードマップで売り込む」こと自体がおかしいことに気づかないといけないと思います。
該当地区の地理を客観的に見れば、災害の可能性はある程度分かります。水のそば、山のそばは、危険です。また、歴史を調べるともともと沼地だったとか、低い地域だとか、という地区は、物理的に水が溜まりやすいなどなど、よく考えるとある程度わかります。そういう素朴な視点を忘れないようにしなければならないと思います。

過去の広島の水害地も、地元の不動産業者の間では、家を建ててはいけない地域として知られていたという話が書いてありました。なのに、家が建って売られてしまった。そのあたりの事情は分かりませんが、わかっていたのにそうなったとは、どういうことでしょう?
昔から、水害が多く、地名もそれを表していたのに、縁起が悪いということで、変えられてしまっていたそうです。縁起が悪いから変えたのか、売るためにかえたのか、後者の場合、人災ともいえる話です。

地名というのも災害の可能性を知る手がかりになります。
少し前に鬼怒川が氾濫しましたが、地名をよく見ると「鬼が怒る川」なのです。しかし、広島の例にあるように、地名というのは、しばしば字を変えられてしまっているので要注意です。
大阪の梅田も元は埋め立てた場所で、「埋田」だったそうです。数年前の台風の時に、浸水して梅田の繁華街は、水浸しになりました。土地が低くて、柔らかく、水が来やすいわけですね。

これから、災害が増えそうです。
住む場所選びは、目先の魅力にとらわれず、まず素朴な視点でチェックする必要があると思います。