競合は、同業だけではない。

競合は、販売訴求する上で視野に入れておかなければいけない要素です。いまどきは、よほど新しい事業でない限り競合は必ずいます。
また、競合というと、横の視点で同業他社と思いがちですが、それだけではありません。多様化した現代では、他業種、他の商品が競合になって来ます。

かつてマクドナルドが100円バーガーを発売したとき、同業他社には差別化できましたが、100円になったことで、テイクアウトするお昼ご飯のアイテムとして、同じ100円ラインのコンビニのおにぎりが新たな競合になりました。

今なら、缶コーヒーの競合は、同業他社はもちろん、コンビニの100円コーヒーも競合です。他社が横の視点だとしたら、斜めの視点かも知れません。こういう状況は、利用者の立場にたってみると分かります。

もひとつの例。外貨両替業者の店舗の競合は、他社ももちろんそうですが、もうひとつ、空港での両替も競合になります。
何度か海外旅行に行かれた方は覚えがあると思いますが、あらかじめ外貨に交換するというのは忘れたり面倒だったりで、ぎりぎりの当日に空港で両替をすることになって、混んでいて時間がなくて焦ったりします。

関連団体の調べでは、実際そう言う人は多いようで、そういった利用者をうまく店舗で早めに両替させることができれば、お客さんが増えるわけです。
むしろ、同業他社を競合とみるより、空港での両替行為を競合と見る方が、獲得しやすいかも知れません。これは「街の店舗で両替する」という行為に対して「空港で両替する」という行為としての競合関係です。
こういうことは、縦の視点と言えるかも知れません。

競合と聞いて横の視点だけでみると、他社しか見えませんが、縦や斜めの視点で見ると、新たな競合関係を発見できます。

アマゾンとの棲み分け。

「アマゾン頼み」と言われるほど、アマゾンへの依存度が高まっています。豊富に品揃えをし、こんな物まで売っているのかという細かい部品や趣味性の高いモノまであります。
いまや世界で最先端最大の販売システムや技術を持ち、これでは既存の販売業者はアマゾンに勝てるわけがないと思いがちですが、そうではありません。

アマゾンは、品揃えが多い分、自分で選ぶということをしなくてはなりません。逆に言えば、自分で選びたい人には最適です。しかし、自分で選べない人、選ぶのが面倒な人には、アマゾンは不便なのです。

また、「自分で選べない人」と書きましたが、実際は同じ1人の人でも、ある分野は自分で選びたいけど、選ぶのが面倒な分野もあるわけです。人間の感情や思考(嗜好)は複雑ですから、単純に分けられるものではありません。

そういう自分で選びたくない買い物の場合。アマゾンにもおすすめなどの機能はありますが、あくまで過去のデータから分析した結果をすすめてくるだけですので、的外れな場合もあったりしますし、そこには販売者の意思や気持ちは感じられません。ここも大事なところで、技術によって効率良く処理された販売システムには、気持ちが感じられないのです。実際入っていませんしね。

例えば、リアル店舗のファッションや雑貨のセレクトショップなどは、すべてを網羅していませんがそこには販売店の意思や気持ちがあります。

自分の嗜好に合った見せに行くと、思いもよらない好物を発見して「分かってるなあ」と喜んだりします。

あるいは、嗜好品ではなくても、例えば何かの道具を買う場合、お店の人に状況や事情を伝えると、「そういうことならこれ」という風に薦めてくれます。
そういった店員さんとの会話も買うだけでなく、知見が広がるし、楽しさもあります。

こういったことは、いくら技術を使っても、なかなか実現できないのではないでしょうか。

ECサイトでチャット形式で相談できるところも増えていますが、チャットと対面では、大きく異なりますし、現状のチャット担当者は「担当者」に過ぎないところが多いでしょう。

それに過去のデータを参考にしても所詮は過去の嗜好しか分かりません。人間は未来を目指して生きています。嗜好も心情も変化します。過去にはまったくない嗜好が生まれたりします。人は良き未来を提案して欲しいのです。良き未来がありそうな買い物をしたいのです。
セレクトショップに行く楽しみはそういう未知の未来が見つかるからではないでしょうか。

また人間には「面倒なことが嫌い」という大きな特性があります。
ある面、アマゾンは、あちこちの店を回る面倒や出かける面倒、店員に説明する面倒、売り場を探す面倒をなくしてくれているのですが、逆に「自分で選ばなければいけない面倒」を生み出しています。

多様化した人々の趣向がなくなることはないでしょう。その面で「分かってくれている店」を求める人は多いはずです。また、商品によっては購買後のアフターケアが安心だということもあるでしょう。

そういう面でアマゾンはオールマイティではないし、他の販売企業の棲み分けの余地は、実は多いにあるのではないでしょうか。

ただし、アマゾンは価格も安いので、選択方法として他の店で商品をみつけて、アマゾンで安く買うという層もいますが、それも結構面倒なことです(笑)

世代感覚に留意する。

生まれ育った時代によって人の基本的な観念、価値観や考え方は、自ずと違ってきます。

パソコンも何もない時代に生まれて今に至る世代と、生まれたときからスマホまであった世代とは、もう同じ時代を生きながら別の生き物の脳だといっても過言ではありません。

かなり前ですが、ある印刷会社の若者と話していて驚いたことがあります。彼は、シングルのCDを散々聴いたら捨てるらしい。CDを捨てる=まさに音楽を消費する感覚かも知れませんが、レコード世代からするとあり得ないことです。この感覚の延長線にサブスクリプションでストリーム再生する音楽サービスがあるのでしょう。

それと彼はワンルームに住んでいたのですが夏のシーズンの始めにエアコンのスイッチを入れるとシーズンの終わりまで入れっぱなしだというのです。
スイッチをオンオフするという概念がないんですね。

「留守の間は必要ないんじゃない?」と聞いたら「帰宅したときに快適だから」ということです。「エアコンは部屋を常に快適に保つものでしょう?」という。

我々はどうしても「電気がもったいない」というコスト感覚で考えますが、彼らはそれよりメリットの最大化を考えているということですね。

確かにエアコンは、オンオフするより継続運転した方が効率が良いと言います。オンオフした場合と彼の使い方とでどれだけ電力に差があるのかは分かりませんが、そのメリットとからすると費用対効果は意外と大きいのかも知れません。
そう考えると彼の方がエアコンを使いこなしていると言えるかも知れません。

こういう例があります。追い炊きのできるガス給湯器の浴槽で、前日の残り湯があるお風呂を沸かすとき、そのまま追い炊きするのと、お湯を抜いて1から給湯するのでは、結果的には水道代を含めても後者の方が経済的だそうです(ガス会社の検証)。

昭和の時代の人間は、戦中派の親に育てられてるので「もったいない」感覚が発達していて(笑)すぐにコストが気になってしまい、時として間違った判断をするのかも知れません。これも世代感覚です。

こういうこと留意しながらいろいろな事を考えることが必要ではないでしょうか。

ダイエットマーケットのツボ。

ダイエットというのは、現代人の永遠のテーマですね。
肥満は、必要なカロリー以上に摂取するから起こるのであって、
運動量に合わせた量を食べていれば肥満にはならないのです。
それが、飽食文化で、食べた量に合わせてスポーツクラブで運動するという
誠に滑稽なことになっているのが現代人です。

ダイエット願望というのは、
ちょっと太りかけた人が一番強いらしく、
ある程度肥満が進むとあきらめてしまうそうです。

ということは、ちょっと太りかけの
グルメ好きというのがダイエットの上顧客と言うことになります。
グルメ好きなだけに、なかなかダイエットが進みません。
手かえ品かえダイエットに励んでくれます。

まずいことに、彼女たちには、
本当に効果的なダイエット法を教えてあげてもやろうとしません。
美味しいご飯をあきらめるのはつらいからです。
だから、効果は薄いけど「効きそうな」ダイエット法を
教えてあげるととても喜ぶはずです。

真剣にやせたいと思っている人は、
さっさと食事制限をしてすぐにやせてしまいます。
ですので、ダイエット業界の良いお客さんにはなりませんね。

消費者心理って面白いですね。
真実ではだめなんです。
「効きそう」なことを求めているんですね。

清涼飲料水の自販機にミニ缶があれば。

缶ビールでミニ缶がありますが、炭酸飲料や他のドリンクの自販機でもミニ缶があれば良いと思います。贈答品ではジュースなどの詰め合わせではあるようですが、自販機ではなぜないのでしょうか。機械の事情かな。単価として小さすぎるのでしょうか。どこかにあるのかな。普段は見ませんね。

歳とともにそれほど量が必要ではなくなる。あるいは、ちょっと炭酸が欲しいけど1缶もいらない・・・そういう時があります。高齢化社会、こういう人が増えているのではないでしょうか。

コーラのミニ缶50円とか60円、70円?・・・「1缶もいらない」と思って買わなかった人は買うのでは? 90円なら買わないかな。そのあたりが分かれ目でしょうか。

これからの日本のマーケット。

過去に、世界が変わる変わるとなんども言われてきましたが、
今ほど日本はもちろん世界のマーケットが
変わろうとしているときはなかったのではないでしょうか。

日本のマーケットでは、とにかく「人口減少」が
すべてを変えていきます。
そして「技術」。
インターネットの登場で、世界は大きく変わりましたが、
それ以上のインパクトのあることが起こるかも知れません。

未来の事なんて、実際は誰にも確かな予想はできませんが、
今分かっていることはあります。
それを手がかりにに法則を当てはめると
ある程度の予測できるのではないでしょうか。

<目次>
1.人口の減少とグローバル化
2.多様化と二極化
3.技術で変わる世の中

 

1.人口の減少とグローバル化

一番分かっていることは、日本の人口が減ると言うことです。
これは、いま儲かっているマーケットも
マーケットそのものが縮小するということです。
分母が少なくなるのだから当然収益は減ります。
だから大手企業は、その分母を求めて海外へ出ようとしています。
折しも社会的にもグローバル化の流れと相まって
海外志向はますます強くなることが考えられます。
そうなると海外からも商品がやってきます。
今でも日本には海外の商品がたくさんありますが、
さらに増えると言うことです。
つまり競争が激しくなることが考えられます。
マーケットが小さくなることで競争が激化し、
新しい商品が入ってくることでさらに激しくなります。

もちろんこれらは、マーケットによりますが
今までと同じようにやっていても
収益が減る可能性が大きいと言うことです。

2.多様化と二極化

人口の減少とグローバル化で競争が激化する
ということとは別の現象も起こります。
というか、起こっています。多様化と二極化ということです。

消費が成熟して、足りないものがなくなった頃から
嗜好が多様化してきました。
同じ人口で多様化するというのはすなわちマーケットが
嗜好の違いによって細分化すると言うことです。

それは、ひとつのマーケットが
小さいいくつかのマーケットに分かれると言うことです。
そうなるとそれまでのひとつのマーケットで
売れていた商品が売れなくなります。

それは細分化されたマーケットの嗜好と合わなくなるからです。
商品を新しいマーケットにあわせて変えるか、
新しい商品を開発しなければなりません。
新しいマーケットは、規模が小さいです。

だから、商品は、多品種少量生産になります(なっています)。
そうなると価格が安いと商売になりません。
だからそういうマーケットの商品は、
価格を高くできる商品でなければいけません。

マーケットが細分化する一方で、
逆に大きくなるマーケットもあります。
安い価格にできる商品のマーケットです。
主に嗜好の影響しないモノ、趣味性の低いモノです。

なぜマーケットが大きくなるかと言えば
誰にでもニーズがあるモノであり、
安いというのは、誰もがうれしいからです。

趣味性や嗜好性が低く、安いモノがメガマーケットになります。
例えば、ユニクロ、牛丼、ハンバーガーなどです。
こちらのマーケットは、大手企業が寡占状態になり、
中小企業に勝ち目はありません。

あるいは、趣味性や嗜好性が低く、
安いモノが大量に供給できる企業なら、
メガマーケットを獲得できる可能性があります。

未だ世にない商品でそういうものができれば
とてつもない規模で企業が成長します。
しかし、リスクも大きいですよね。

こういう形で多様化と二極化が起こっており、
この現象はしばらく継続するはずです。
なくなる理由が、いまのところないからです。
多様化におけるマーケットの変化は、
新しい商品開発や事業のチャンスです。
とくに小さいマーケットには、
小さいウチは大手企業は参入してきませんから、
そういう目で見ると、これからの時代は
中小企業にとって大きなチャンスの時代なのかも知れません。

3.技術で変わる世の中

インターネットが生まれて世の中が変わりました。
インターネットの本質は情報の「共有」であり「民主化」です。
ITだというのは、あくまで手段です。

しかし、技術が生まれたからこそ実現しました。
そういう目で見ると、気になるのが仮想通貨です。
仮想通貨に使われているブロックチェーンという技術は、
お金を「民主化」する技術です。

国が管理している通貨ではなく、
技術で世界中の人々が共有的に管理する通貨です。
これが浸透して「お金」が「民主化」されると
インターネットが普及したように世の中が激変するでしょう。

世界のほとんどの人の生活を支えているのはお金だからです。
戦争も争いもお金が原因で起こることがほとんどです。
「民主化」されると従来ブラックボックスであったがための
不満や疑念がなくなるでしょう。
お金そのものへの価値観が変わってくるに違いありません。

そしてAIやロボットが普及し、
労働集約的な作業をするようになると労働状況が激変するでしょう。
そうするとライフスタイルも変わり、購買行動も変わってきます。
商品やサービスも変わってくるはずです。

その他、自動運転なども公共交通を激変するかも知れません。
今は遠い未来の話のようですが、
思っているよりも早くそういう時代が来るのでしょう。

無料の客。

最初に無料(または安価)で提供しておいて
徐々に階段を上ってもらって目的の商品を販売するという
無料商法とも言うべき販売方法が流行っています。

しかし、何にでも当てはまるわけではありません。
基本は、本当に体験してみないと分からないものだけです。
(携帯やネット契約で最初の何ヶ月か無料というのは、
少し違います。あれは、単なる値引き販売と同じです)

クーポンなどでも、常に問題点として言われていますが、
無料や安価で集まってくるお客さんの多くは、
その低価格が魅力でやってくる人たちです。
そういう人たちは階段を上ってはくれません。

習い事のようにグレードアップしなければ、
完成しないようなサービスで
階段を上らざるを得ない仕組みなら良いですが、
そうでない場合は、無料を買うと逃げてしまいます。

ただ「階段を上らざるを得ない仕組み」の場合、
最初から敬遠されることが多いし、
もし、商品が思った内容でなかったら、
今度はお客さんの中に不満が溜まり始め、
やがては、その企業自体に不満を持ち
そうなると不満を掃きたくて友人知人に話します。

そうなると口コミで広がることが多く、
企業にとっては結果的にマイナスになります。

無料商法は、戦略を立てて無料の意味をしっかり定義づけ、
購買までのマーケティングストーリーを構築した上で
実施しなくてはうまくいきません。

マーケティング調査の有効性。

マーケティング調査は、必ずしも有効ではありません。
むしろ有効な場合の方が少ないのではないかと思われます。

もちろん調査の内容によりますが、
有効な結果の出る調査をしようと思うと
相当な労力と費用がかかります。
ですので、多くのマーケティング調査が、
何かの気休めや説明のための強引な裏付けなどにすぎません。

ただし、その結果から某かのヒントが得られるという場合は
少なからずあるので、その程度に捉えるべきです。

アップルのように、マーケティング調査を
一切やらない企業もあります。
それでも大ヒット商品を出しているのだから
調査の有効性というものが分かります。

なぜ調査があてにならないかの大きな理由は、
多くの調査で調査の仕方が甘いからです。
これは、携わる人のスキルや費用の問題です。

その他の理由として、人間というものの特性があります。
調査に於いて、対象者が何かを質問されて、何かを答えたら、
その結果が調査データになるのですが、
人間は「聞かれたらそう思うが、聞かれなければ何も思わない」
あるいは「聞かれたからそう答えたが、
思い直すと答えとは異なる思いがある」、
あるいは「よくわからないが、右と答えた」などという
非常にあいまいで揺らぎやすい特性を持っています。

もちろん、調査方法の工夫や統計学で精度や代表性は
研究されているはずですが、世の中の97%の人は
ものごとをよく考えないという説もあります。

その説からすれば、調査というのは、
よく考えていない人を対象に行っているとも言えます。

また、一番調査しにくいことがものごとの「程度」です。
程度は、人によって物差しが異なるので実際、
多くの人の程度をひとつの物差しで測ることは不可能です。
しかし、人間はものごとの程度によって行動を変えます。

これらを考えるとマーケティング調査の危うさが分かります。
ただし、すべてが無効と言うことではなく、
ユーザーモニターや傾向を探る程度なら有効だったり、
調査の目的と内容によることはもちろんです。

マーケティング調査の精度。

マーケティング調査は、そのやり方によって
精度がかなり違ってきます。
調査の対象が、うつろいやすい感情をもった人間なので、
そのあたりを考慮する必要があります。

人間の記憶や発言はある意味いい加減です。
よく言われる話ですが、
事件の調査で、目撃者がクルマは確かに青だったといっても
事件が解決すると実際は赤だったりすることがあるそうです。
記憶を都合の良いように作ってしまうらしいですね。

アンケートをしても、その場で答えたことが
真意であるかどうかは分からないのです。
そのあたりの精度については統計学で数の論理があると思いますが、
そういったゆらぎやすい状態があることを考慮に入れて
調査したいことに対して、どのような手法を使えば良いかを
入念に練らなければ目的の情報は得られません。

しかし、そうやって調べても
どこまで行っても仮定でしかありません。

マーケティング調査の意味。

マーケティングリサーチは、しばしば、
本来のマーケットを把握するというためではなく、
何らかの理由付けや口実のために行われたりします。
そういう調査は、結果が都合良く加工されます。

また、本当にマーケットを把握しようと行っているものでも
実は精度が低すぎて意味がないものも多くあります。
また、調査データから何を読み取るかがうまく行われておらず
せっかくの結果が生かされていない場合もあります。

一般的なマーケティングリサーチの
半分以上は意味がないのではないかと勝手に想像したりします。

かつてある場所で知った、海外企業のマーケット調査は
その規模と精度の高さで驚いたことがあります。

日本のマーケットに参入するに当たり、
3年かけて些細なな調査を行い、
CMにしても細かいカットまですべて裏付けがあるほど、
緻密なマーケティングプランが組まれていました。
商品を導入して3ヶ月以内に売り上げで
業界3位以内に入るという目標が掲げられ、
目標通り達成されるのです。

その調査の些細さ、分析の緻密さは、
当時日本で行われていたマーケット調査とは別次元でした。
当然、そこに投入される費用も半端ではないと思います。

マーケティングは、科学です。
緻密な論理と方法論で行なわれるべきものであり、
それが行かされる場合とそうでない場合があると思います。

適切な場面で、適切に行われると効果があると思いますが、
よく分からないから調査という程度では、
気休めと浪費にしかならないのではないでしょうか。