「ビジョン」と「目標」

心ある政治家が理想とする未来を掲げると「そんなことをどうやって実現するんだ」とか
「実現不可能なことを言うのは無責任だ」とか言う声が上がりますが、
その声はビジョンということをちゃんと理解していないのではないかと思います。

ビジョンは、未来のあるべき姿であり、
それは実現できるかどうかは別にして「あるべき姿」なのです。
諸処の理由から導かれた「あるべき」なのであって、
「べき」なのだからそこにいかなくてはならないものなのです。

そこでそのビジョンをどうやって実現しようかと知恵を絞って考えます。
実現までの道筋がみえたら、各所に「目標」を掲げます。
この「目標」は実現可能なものとして設定されるものです。

つまり「実現不可能なことを言うのは無責任だ」
と言っている人たちの「ビジョン」とは「目標」のことなのです。
しかし、「ビジョン」がないのに「目標」が設定できる道理がなく、矛盾しています。
この「ビジョン」と「目標」の捉え方が不明瞭な人は多いと思います。

実現可能かどうかは別にして、とにかくあるべき姿の「ビジョン」を設定し、
「そんなことをどうやって実現するんだ」は、
ビジョンを設定した後に実現方法を考えるのです。
繰り返しになりますが、ビジョンがないのにその実現方法は考えられないのです。

実現可能かどうか分からないことに向かっていくのは、
間違いではないのかという声がありそうですが、
著名経営者は口をそろえて言います「ビジョンは荒唐無稽なものだ」と。

荒唐無稽だからこそ実現することで革新が起こせるのであって、
ビジョンとしての意味があるのだと。

すでに道筋が分かっていることしか示せないのなら、
可能性はとても狭いものになります。
現実的には何も変わらないでしょう。

本当に実現したい未来に向けては、多くの課題があるはずです。
その困難な課題を英知を結集して取り組むことで
思っても見なかった道が開かれるはずです。

困難な課題のない道には、大した未来は訪れません。
これは、企業や事業でも同じ事が言えると思います。

外部業者なのかブレーンなのか。

外部の発注先、納入業者を単なる業者として見るか、大事なブレーンとしてみるかで企業の動きやあり方も変わってきます。

外部の会社は、外に情報を教えてくれる重要な情報筋です。また、外からから自社がどう見えているかも教えてくれます。

ブレーンとして見れば、より精度が高い情報が得られます。しかし、業者としてみているとそういった濃いコミュニケーションは生まれません。

ブレーンとして見ている企業は、外部業者の扱いにも気を配り、彼らの立場や思いにも考慮するでしょう。単なる業者としてしか見ていない企業は、価格のダンピングに終始するでしょう。

長い目で見るとどちらが得するかは明白です。なぜなら、商売で大事なのは情報だからです。

企業理念を感じる瞬間

経営者で、自社の理念を明確に表せない場合は意外に多いのではないでしょうか。
「理念」というもの自体が、どういうことを設定すればよいのか変わらない。
そのため、社是のような内容になっている企業は多いものです。

また、2世社長などは、創業者の思いを深くは引き継いでいないために
自社なのにその存在意義をよく理解できていない場合もあります。

理念は、企業の存在意義のようなものです。
なぜ、現状のような事業を行っているのか。
事業は、企業の理念が具現化されたものでもあります。
社会と企業の接点が事業です。

しかし、理屈で考えてもなかなか実態との同一性を感覚的に捉えることはできません。
そういう時に、ふとしたお客様の言葉や、お客さんとのやりとりの中で、自社の存在意義に気づくときがあります。

安売りをしている企業が、これこれこういうことで非常に助かったというお客様の言葉で、はっと気づいて、
なるほど、自分の会社はそういうことで安売りをしているのかと、自社の事業形態の意義を知り、理念が分かったという場合もあります。
成り行きで始めた安売り業態の意義を後追いで知って、企業の輪郭が明確になったということです。

そういう面では、やはりお客様と接触がある現場の空気を常に吸っていないと分からないかも知れません。
机の前で考えているだけでは、理屈のやりとりをしているだけで、感覚的な気づきは得られないと思います。

自社の存在意義に気づけば、理念は自ずと明確になります。
理念が明確になると将来像もどんどんあふれ出てくるはずです。

そうすると企業に活気が出て、社員もやる気が出て、企業に勢いが生まれてきます。
企業理念は、それくらい大切なものだと思います。

やってみなければ分からない。

販促にしろ事業にしろ、何事もそうですが、戦略を立て、いろいろなアイデアを実行しても必ず成果が出るとは限りません。
いろいろ調べて、考えて考えて考えてすることは、所詮精度を高めるだけの話です。
ほぼ、成功すると思っても必ず成功しない可能性はあります。

実行して結果を見ながら調整してさらに精度を高めるしかないのです。

よく「絶対成功する販促術」的なものがありますが、「絶対」こそ絶対あり得ません。

状況は常に動いています。いくら過去に成功した方法でも細かな事情が違っただけでうまくいきません。

その前に、当たり前のことができているかを点検することの方が重要です。

リカバーの善し悪しが企業イメージを左右する。

問題が起こった際のリカバーが悪いために企業イメージを落とす場合があります。

これは企業活動に限ったことではありませんが、何か起こった際のリカバーする体制や体質があることは重要です。
防止策には熱心でもリカバーには無頓着な場合は多いです。特に日本人は、その傾向が強いようです。

事故や不具合の起こる確率はどんなに頑張ってもゼロにはなりません。限りなくゼロにするための投資と起こった場合にリカバーリーする投資を比べると後者の方が遙かに合理的です。

常に起こることを想定してリカバーするための体制や方法を常に持っておくことが必要です。

「好き嫌い」と「損得」。

以前にも似たようなことを書いたかも知れませんが、
「好き嫌い」と「損得」は人間にとっての価値基準の2本柱です。

厳密に言えば「好き嫌い」も「損得」の中に含まれますが、
「好き嫌い」はより直感的で「損得」はより論理的です。

商品を買うときの判断として趣味性の低いモノは、「損得」で選び
趣味性の高いモノは「好き嫌い」で選ぶということです。

それは同じアイテムでも目的によっても変わります。
実用的な場合は「損得」趣味的な場合は「好き嫌い」です。

車を選ぶ場合、仕事で使うなら損得でしょう。
趣味で持つなら「好き嫌い」です。

ブランド品は趣味の世界ですから「好き嫌い」ですが、
それを仕事などで対外的な印象を考慮し、戦略的に使う場合は「損得」です。

お客さんが何を基準に選ぶのかを知ることでアプローチが決まってきます。

「嫌い」が「好き」になるとき。

「種類」と「品質」による好みの変化の話を書きましたが、
特に趣味性が低いものごとの場合、「品質」の高さが好みを支配します。

私自身もこんな経験があります。

かつて、ブルーベリージャムはあまり好きではなかったのです。
それはA社の商品しか知らなかったからです。
あるとき各段に美味しいブルーベリージャムを頂き
「ブルーベリージャムは、こんなにうまいものだったのか」と
ブルーベリージャムに対する印象が変わりました。
それからはA社の商品までもが、そこそこおいしく感じられるようになりました。

「品質」によって、そのアイテム自体の印象も変えられたということだと思います。
こういう体験は、誰しもあるのではないでしょうか。

野菜嫌いだった子供があるときの野菜料理がとてもおいしくてそれからは、
普段でも食べられるようになったとか。

つまり「好きではない」という人も、「好き」に変わる可能性があるということです。
そのきっかけは、「品質」の体験だったりするということです。

「種類」と「品質」による好みの変化

物事には、好みを決める要素として、種類と品質の2つの軸があります。
人が何かを選ぶとき、その掛け合わせで、その人にとっての価値が決まります。

リンゴよりイチゴの方が好きだという人でも、あまりおいしくないイチゴよりとびきりおいしいリンゴの方が好きなはずです。ひょっとしたら、その人は、おいしいリンゴを食べたことがないため、イチゴの方が好きだと思っているのかも知れません。

好みは「種類」だと思いがちですが、重要なのは総合的な価値です。

誰にも共通するのが、「品質」です。「品質」が悪い方が好きだという人はまずいません。
同じ品質であれば、好みは種類によって分けられるでしょう。

ただし、「品質」自体が付加価値化しているもの、例えばルイビトンなどのブランドについては「品質」もひとつの「種類」となるでしょう。

ややこしいです。
しかし、「品質」と「種類」による価値は、こういう特性を持っていると思います。

デザイン意識を高めるために。

デザインが重要だと言うことは分かっていて、
デザインの意識を高めたいが、主観的な面も多いので、
なにをどうすればよいのか分からないという経営者もおられます。

本来は、自分の好きなデザインがあれば、
好きなデザインのモノをさがし、資料を集めているウチに
自分のデザイン観ができてきます。

好みもよく分からないと言う場合は、
世間で良いとされるデザインを集めてみることです。
それによって、世間が評価するデザインの傾向が分かります。

いずれにしても、良質のモノを
できるだけたくさん見ることが大事です。

たくさん見ているウチに考え方が生まれてきます。
10個や20個見たくらいでは分かりません。

デザイン力に必要なこと。

商品でも宣伝物でもデザイン力を高めるには、
狭義のデザインではなく、広義のデザインの考え方が必要です。

一番大きくは、企業のデザインに対する考え方です。
それによって、企業全体のイメージが決まり、
生み出される数々のデザインに統一性が生まれます。
言い換えれば企業のカラー(個性)でもあります。

次に、商品や宣伝の大きな計画です。
どのような人になにを提供するのか、
どのような未来を描くのかでデザインの方向が決まります。

その次に、ここのデザインの設計が必要です。
そのようなイメージ、アイデア、モチーフ、手法、材料など
造詣やテクスチャーなどのディティールを構成するものを
「設計」します。
思いつきではなく、ちゃんと設計されることが重要です。
最初やここのアイデアは思いつきでも
それらを設計して組み立てます。

あとは、造形力です。
一般的に「デザイン」というとこの工程のみの
認識だと思いますが、これは最終工程に過ぎません。

これらの流れを経て初めて優れたデザインが完成します。
逆に言えば、これらの工程を経ていないデザインは
何かが足りないと思います。

それくらいデザインにとって一連の流れは重要なことです。