一般論の落とし穴。

ビジネスというより、商売という方がリアリティがあるかも知れませんが、商売の法則というのは、どの分野でも同じです。お客さまは、欲しいと思ったものやサービスにお金を払ってそれを購入します。

お金を払う対象のものが、自分にとってメリットがあると判断したからです。そこは、どんな商売でも変わりませんが、そこに至る経緯の作り方、つまり告知も含めた売り方の法則は、分野によって異なります。

世の中で貞節と言われている事がどの分野にも当てはまるものではありません。別のブログにも書きましたが、いわゆる「ブランド」「ブランディング」ということが、盛ん言われていましたが、インターネットの発達によって、「ブランド」であることがほとんど意味を成さなくなってきた分野もあります。

普遍的に言われてきたことが、変わってきているワケです。一般論は、現象をまとめて後付けで言われている事ばかりです。
現象の方が早く起こります。一般論は参考にしながらも、常に疑うという視点も大切です。

お客さんの意思決定の仕方。

お客さんが商品やサービスを買うのは、買うと意思決定をしたからです。どのように意思決定仕方が重要です。
信頼性の高い方から「経験(P)」「第3者の情報(O)」「企業からの情報(M)」。この3つの要素が、いろいろな場面で作用して意思決定をします。

留意しなければいけないのが、商品のカテゴリーによって作用の仕方が異なると言うことです。

カテゴリーは、商品軸だけではありません。同じアイテム、例えば服というカテゴリーでも、日常の機能として買う服と、非日常のファッションとして買う服では、異なるカテゴリーだとも言えます。

意思決定のカテゴリーは、むしろ、使われ方、あるいはメリットの特性でカテゴライズされるべきです。
ネットが発達した今では、お客さんが情報を入手する状況も変わっているので過去によくいわれたようなマーケティングのセオリーは意味を成しません。
商品毎に、POMを考えてマーケティングストーリーを描く必要があります。

変わる原則。

原則というものは、特別な場合を除いて一般に適用される根本的な法則ですが、長くマーケティングで原則とされていたことが、変わり始めています。
人間は、結局のところ、情報によって考え行動するので、情報環境が著しく変わると、考え方や行動も変わってくると言うことです。

インターネットはまさにそれです。情報革命と言う言葉では陳腐すぎるほどのインパクトを持ってます。
「ブランド」というものがある分野で崩れ始めていることは、以前に書きましたが、商品の普及の仕方、消費のされ方など、インターネット以前の世の中で積み上げられて原則とされていたことが、部分的に意味をなくしていきつつあるということです。

これまでは、消費者をそれぞれの特性でグループ分けし、対策を考えることが定石でしたが、それも意味がない場合があります。

そういう風に、原則が崩れている場合があるのだということを意識しておくことが大切です。

あるべき姿を確定する。

何事でもそうですが、何かを作るときは、それのあるべきすがたを最初に想定してやらなければ上手くいきません。

販促ツールでは、そのチラシはどうあるべきか、まず何を知らせるべきか、だれに知らせるべきか、どんな印象をもってもらいたいか、等々、あるべき姿を確定していくと、おのずとそのためには何が必要か、どのように必要かという風に要件が確定されていきます。そうすれば、それを具体化することで、精度の高いものになります。

しかし、その「あるべき姿」そのための「要件」が確定されていないケースは多いです。だから、つくる途中でぶれたり、横やりが入ったりなんかぼけたものになったりします。

なぜ、「あるべき姿」と「要件」が確定されていないかと言えば、ちゃんと企画されていないからです。漠然としたイメージだけであやふやなまま事がすすんでしまったためです。

もちろん、事業は「走りながら調整する」のが良いので、それの影響を受ける場合もありますが、どちらかというと、長年継続している事業でマンネリになってきている時の方が、中途半端になるような傾向がある気がします。

長年継続していて、慣れのために感覚が麻痺してきているのかも知れません。今一度、いろいろな事のあるべき姿を再確認するのもよいと思います。

時代の予測と人間の法則

時代の変化が早くなっているというのはあちこちで言われますが、本当にどんどん速度を増していると感じます。
5年前に今ほどのスマホやネットサービス、キャッシュレスなどが予測できたでしょうか。
かつて経済成長の頃は、10年予測20年予測がなされ、大きくはそのようになってた部分があったでしょうが、それが次第にズレ始め、今では3年先の予測すらはずれます。
例え専門家であっても、誰も数年後のことも分からないのです。
アメリカのある調査では、専門家の予測は95%外れるという結果が出ています。
未来が不確実になると不安になります。何かに頼りたくて情報を探します。しかし、現実は誰も分からないわけですから、その情報もあてにならないわけです。
そういう時代だからこそ、まず自分で考え行動してみることが大事なのでしょう。

そのとき、留意したいのが、法則は変わらないことです。逆に言えば、変わらないのが法則です。人間という生き物は時代にくらべものにならないほど変化が遅いです。
そういう人間の法則やそれにまつわる物事の法則は変わりません。
価値を感じないことにはお金を払わないし、騙されたら怒ります。若手くれる人には好意を持ち、満足すれば喜びます。
それらの法則に忠実である限り、上手くいくはずなのです。

時代の変わり方。

世の中はいつも刻々と変わっているわけで、大きな節目ごとに「時代」という固まりとして認識されます。いろいろな視点からの「時代」があるので、それぞれに区分けやサイズも違うと思いますが、すべて感覚的なものです。
何かエポックメイキングな出来事をきっかけに世の中が何かの方向へ急激に向かい始めます。その出来事は、技術であったり政治であったり、事件であったり様々です。とはいえ、どの時代も基本的な社会の構造自体は、変わることがなく、決まった構造の上での変化でした。

しかし、約20年前にインターネットが普及しはじめ、ここ5年くらいでスマホが普及し、昔と何が一番変わったのかと言えば、いろいろなことが世界中で「共有」できるようになったことです。
以前なら、一部の人しか知れなかったこと、ブラックボックスになっていたことが、世界中で一瞬にして共有できるようになりました。
組織などが抑えようとしても、次第にその力が及ばなくなりつつあります。
要するに社会が「民主化」され始めていると言うことです。
ブロックチェーンという技術は、それをさらに流通にまで適用できるような技術で、それの応用が仮想通貨でもあります。
まだまだ投機的要素の強い仮想通貨ですが、安定した曉には、世界で初めての誰にも支配されない民主的な通貨になります。
一方で、今現在は、GAFAの力が誇大化し、人々にとっては、国よりも重要な存在にすらなりつつあります。各国よりも各国に利用者を持つAmazonやFacebookの方が、人々への影響力が強くなっています。

デジタル技術、ネット技術による変革は、社会の基本構造さえも変えつつあると言っても過言ではありません。

そういう意味で、今ほど時代が大きく変わろうとしている時代はないと言えるのかも知れません。

中間業者という業態。

流通の形態は時代と共に変わります。
かつては、卸、仲卸などいくつもの業者が間に入ることによって商品の分野や情報、流れが整理されて、小売店に流れるようになっていました。
なぜなら、それしか商品や情報の入手ルートがなかったからです。
やがて「中抜き」と言われるように卸を飛ばして直接販売されたりするということが起こってきました。
なぜなら、そういう場合の卸業者は、極端に言えば既得権益的に流すことだけで利益を得ていたからです。

消費者や供給側から見ると「なにもせずに利益を得てずるい」と見えてきたわけです。実際、そういう代理店、卸も相当数あってやはり淘汰されてきました。中間に入る理由のある中間業者は生き残り、理由のない業者は淘汰されるのは道理です。

インターネットが発達してそれらはさらに加速されました。いままで、中間業者の存在意義は、主に「情報」だったからです。
実際、注文を取って商品の配送はメーカーから直接というのは珍しくない。
しかし、情報はインターネットによって消費者とも共有されます。
ITシステムや流通が発達して、中間業者を通さなくても直接買い付けることが出来るようになって来ました。ネットは、中間業者よりもより広いエリアに向けて営業をしてくれ、24時間営業で受注してくれます。
そうなると中間業者の存在理由がどんどんなくなっていきます。

強引に言えば、アマゾンがあれば、なんでも流通してしまいます。
これからは中間業者という業態がどんどん存在理由を失っていく時代ではないかと思います。

もちろん、現実には業態によってはまだまだそうなりにくい場合もあるでしょうが、時間の問題ではないでしょうか。
いまはまだ、ネットが苦手という世代が現役なので、スピードは遅いでしょうが、これから苦手世代が引退し、ネットリテラシーのある世代ばかりになればそういう流れは一気に加速するでしょう。

悪く言えば、現在はネット苦手世代が足かせになって発展のスピードが遅いだけだとも言えるかも知れません。
そううことを踏まえておかないと、変化に対応できないのではないでしょうか。

疑う力。

これからは不確実性の時代だと言われています。変化もどんどん早くなっています。多様化もしてます。今までのように理屈や経験則で何かを解決して行こうという発想がどんどん意味をなくしていると言われています。

従来のように理屈を積み上げて正解を出すということは、すなわち各社同じ正解によって動く問うことであり、同質化するということです。
「膨大な情報を分析して正解を出す」なら、人間よりAIの方がずっと早いです。AIはそのうち今より驚くほど低コストになります。

これからは新しい正解を出すのではなく、新しい世界を見つけることが重要です。それには、疑うことが重要です。人間は、慣れてしまって意味もなく信じて疑うことを忘れてしまいます。
しかし、当たり前になっていることを疑うことで、新しい世界の扉が開きます。

世間からバッシングの多い、元ZOZO創業者の前澤氏は、あるインタビューで「なぜ8時間労働を疑わないのですか?」と聞き手に問うていました。ほとんどの人が8時間労働を当たり前として何も疑問も持ちません。未だに多くの企業、いやほとんどの企業が8時間労働です。
はたしてそれは合理的なのでしょうか?8時間労働にムダはないのでしょうか?
現代の日本の企業は、8時間働くために意味もない仕事を増やしているとも言われます。

不感症になって、意識すらしない当たり前のことを疑ってみるところから新しい世界が見えるかも知れません。

正解が正解ではない時代。

マーケティング(理詰めによるアプローチ)の時代はもう終わろうとしています。本当は既に終わっているのでしょうが、人間がついていってなくて、まだ理屈で結論づけるマーケティングは王道とされています。
しかし、真実はもうすでに象徴的に人々のよく知っている事実として明らかにされています。

「ニュータイプの時代」(山口周著)という本に紹介されていますが、初代iPhoneが発売された2007年に発売された日本の携帯電話のラインナップ。iPhone以外の携帯電話は各社どこも似たような形です。iPhoneだけが全く違います。その後の携帯電話市場は、ご存じのように、iPhoneの1人勝ちです。しかも、日本のメーカーはことごとく携帯電話から撤退してしまいました。

マーケティングを行った結果、各社とも同じ「正解」を得て、それを商品化した結果です。
マーケティングの世界では呪文のように差別化、差別化と言われるのに、皮肉なことに正解を求めると差別化できなくなったわけです。当たり前ですね。1+1=誰がやっても2なのです。理屈で詰めて行くと誰もが同じ答えを得るのです。

そういう理屈で組み立てていくアプローチは、実はもう役に立たない時代なのです。アップルは、マーケティング調査を行わないことで有名です。皮肉なことに正解がことごとく負け、正解かどうか分からないものが勝ち組になったのです。

従来もてはやされてきたMBA的マーケティングの落とし穴は、コモディティ化(同質化する)とうことです。大量消費の時代には、市場が大きいので同質な同業者が共存できたかも知れませんが、多様化の時代では、ひとつのマーケットが小さいので、同質化商品はあぶれてしまいます。
そのことに気づいていない企業は、とても多いことは、現状を見ても明らかです。未だにMBAを重視する傾向さえあります。
今が頭を変えるチャンスなのです。

返品の価値。

アマゾンの魅力が返品システムにもあるというお話。
アマゾンで買って何らかの理由で返品したいとき、その手続きはとても簡単です。WEBで申し込むと返品用のIDが発行され、それを印刷して返品する商品に同梱して着払いで送るだけです。返品の理由や商品によっては多少異なるのかも知れませんが基本的にはこのような手順です。
申込時に理由を選ぶところがあり、備考も加えてとても簡単です。
商品や状況によるのでしょうが、こちらだけの都合でも返品可能です。

日本の企業の現状をすべて調べたわけではありませんが、日本の企業は返品を嫌う傾向にあると思います。返品の理由に制約があったり、難しい手続きだったり、なんとか返品させないようにしたいという意図を感じさせてしまいます。

お客さんとして、どちらの方が安心して買えるでしょうか?明白ですよね。アマゾンの強さはこんなところにもあると思います。売るだけでなくケアの方も学ぶものが多いと思います。

もともとアメリカは返品する文化が発達していて、ランズエンドという通販会社がいかなる理由でも返品OKを始めたのは何十年も前です。
当時のランズエンドによると返品率は全体の0.1%もないそうで、返品のリスクより、これによって得た信頼の方が遙かに大きいとのことでした。
他の通販会社の例では、届いた商品の袋にミシン目を介して返品用の袋がついていて、伝票にもミシン目で返品伝票がついており、返品する商品にチェックを入れて、返品用袋に入れて(封をするノリまでついている)送るだけという驚くほど簡単な仕組みで感心した覚えがあります。20年以上前の話です。

現在もアメリカは、百貨店から何から返品が容易だそうで、クリスマスプレゼントで送られた商品にさえ返品のシステムが明記してあるそうです。

マーケティング的に考えると返品からは、返品理由、アイテム、苦情、お客さんの気持ちなど、貴重な情報が得られます。これをさせないようにするのは、貴重な情報を得る機会を失っているとも言えます。
マーケティング先進国のアメリカではそう考えるのでしょう。