これからの日本のマーケット。

過去に、世界が変わる変わるとなんども言われてきましたが、
今ほど日本はもちろん世界のマーケットが
変わろうとしているときはなかったのではないでしょうか。

日本のマーケットでは、とにかく「人口減少」が
すべてを変えていきます。
そして「技術」。
インターネットの登場で、世界は大きく変わりましたが、
それ以上のインパクトのあることが起こるかも知れません。

未来の事なんて、実際は誰にも確かな予想はできませんが、
今分かっていることはあります。
それを手がかりにに法則を当てはめると
ある程度の予測できるのではないでしょうか。

<目次>
1.人口の減少とグローバル化
2.多様化と二極化
3.技術で変わる世の中

 

1.人口の減少とグローバル化

一番分かっていることは、日本の人口が減ると言うことです。
これは、いま儲かっているマーケットも
マーケットそのものが縮小するということです。
分母が少なくなるのだから当然収益は減ります。
だから大手企業は、その分母を求めて海外へ出ようとしています。
折しも社会的にもグローバル化の流れと相まって
海外志向はますます強くなることが考えられます。
そうなると海外からも商品がやってきます。
今でも日本には海外の商品がたくさんありますが、
さらに増えると言うことです。
つまり競争が激しくなることが考えられます。
マーケットが小さくなることで競争が激化し、
新しい商品が入ってくることでさらに激しくなります。

もちろんこれらは、マーケットによりますが
今までと同じようにやっていても
収益が減る可能性が大きいと言うことです。

2.多様化と二極化

人口の減少とグローバル化で競争が激化する
ということとは別の現象も起こります。
というか、起こっています。多様化と二極化ということです。

消費が成熟して、足りないものがなくなった頃から
嗜好が多様化してきました。
同じ人口で多様化するというのはすなわちマーケットが
嗜好の違いによって細分化すると言うことです。

それは、ひとつのマーケットが
小さいいくつかのマーケットに分かれると言うことです。
そうなるとそれまでのひとつのマーケットで
売れていた商品が売れなくなります。

それは細分化されたマーケットの嗜好と合わなくなるからです。
商品を新しいマーケットにあわせて変えるか、
新しい商品を開発しなければなりません。
新しいマーケットは、規模が小さいです。

だから、商品は、多品種少量生産になります(なっています)。
そうなると価格が安いと商売になりません。
だからそういうマーケットの商品は、
価格を高くできる商品でなければいけません。

マーケットが細分化する一方で、
逆に大きくなるマーケットもあります。
安い価格にできる商品のマーケットです。
主に嗜好の影響しないモノ、趣味性の低いモノです。

なぜマーケットが大きくなるかと言えば
誰にでもニーズがあるモノであり、
安いというのは、誰もがうれしいからです。

趣味性や嗜好性が低く、安いモノがメガマーケットになります。
例えば、ユニクロ、牛丼、ハンバーガーなどです。
こちらのマーケットは、大手企業が寡占状態になり、
中小企業に勝ち目はありません。

あるいは、趣味性や嗜好性が低く、
安いモノが大量に供給できる企業なら、
メガマーケットを獲得できる可能性があります。

未だ世にない商品でそういうものができれば
とてつもない規模で企業が成長します。
しかし、リスクも大きいですよね。

こういう形で多様化と二極化が起こっており、
この現象はしばらく継続するはずです。
なくなる理由が、いまのところないからです。
多様化におけるマーケットの変化は、
新しい商品開発や事業のチャンスです。
とくに小さいマーケットには、
小さいウチは大手企業は参入してきませんから、
そういう目で見ると、これからの時代は
中小企業にとって大きなチャンスの時代なのかも知れません。

3.技術で変わる世の中

インターネットが生まれて世の中が変わりました。
インターネットの本質は情報の「共有」であり「民主化」です。
ITだというのは、あくまで手段です。

しかし、技術が生まれたからこそ実現しました。
そういう目で見ると、気になるのが仮想通貨です。
仮想通貨に使われているブロックチェーンという技術は、
お金を「民主化」する技術です。

国が管理している通貨ではなく、
技術で世界中の人々が共有的に管理する通貨です。
これが浸透して「お金」が「民主化」されると
インターネットが普及したように世の中が激変するでしょう。

世界のほとんどの人の生活を支えているのはお金だからです。
戦争も争いもお金が原因で起こることがほとんどです。
「民主化」されると従来ブラックボックスであったがための
不満や疑念がなくなるでしょう。
お金そのものへの価値観が変わってくるに違いありません。

そしてAIやロボットが普及し、
労働集約的な作業をするようになると労働状況が激変するでしょう。
そうするとライフスタイルも変わり、購買行動も変わってきます。
商品やサービスも変わってくるはずです。

その他、自動運転なども公共交通を激変するかも知れません。
今は遠い未来の話のようですが、
思っているよりも早くそういう時代が来るのでしょう。

無料の客。

最初に無料(または安価)で提供しておいて
徐々に階段を上ってもらって目的の商品を販売するという
無料商法とも言うべき販売方法が流行っています。

しかし、何にでも当てはまるわけではありません。
基本は、本当に体験してみないと分からないものだけです。
(携帯やネット契約で最初の何ヶ月か無料というのは、
少し違います。あれは、単なる値引き販売と同じです)

クーポンなどでも、常に問題点として言われていますが、
無料や安価で集まってくるお客さんの多くは、
その低価格が魅力でやってくる人たちです。
そういう人たちは階段を上ってはくれません。

習い事のようにグレードアップしなければ、
完成しないようなサービスで
階段を上らざるを得ない仕組みなら良いですが、
そうでない場合は、無料を買うと逃げてしまいます。

ただ「階段を上らざるを得ない仕組み」の場合、
最初から敬遠されることが多いし、
もし、商品が思った内容でなかったら、
今度はお客さんの中に不満が溜まり始め、
やがては、その企業自体に不満を持ち
そうなると不満を掃きたくて友人知人に話します。

そうなると口コミで広がることが多く、
企業にとっては結果的にマイナスになります。

無料商法は、戦略を立てて無料の意味をしっかり定義づけ、
購買までのマーケティングストーリーを構築した上で
実施しなくてはうまくいきません。

マーケティング調査の有効性。

マーケティング調査は、必ずしも有効ではありません。
むしろ有効な場合の方が少ないのではないかと思われます。

もちろん調査の内容によりますが、
有効な結果の出る調査をしようと思うと
相当な労力と費用がかかります。
ですので、多くのマーケティング調査が、
何かの気休めや説明のための強引な裏付けなどにすぎません。

ただし、その結果から某かのヒントが得られるという場合は
少なからずあるので、その程度に捉えるべきです。

アップルのように、マーケティング調査を
一切やらない企業もあります。
それでも大ヒット商品を出しているのだから
調査の有効性というものが分かります。

なぜ調査があてにならないかの大きな理由は、
多くの調査で調査の仕方が甘いからです。
これは、携わる人のスキルや費用の問題です。

その他の理由として、人間というものの特性があります。
調査に於いて、対象者が何かを質問されて、何かを答えたら、
その結果が調査データになるのですが、
人間は「聞かれたらそう思うが、聞かれなければ何も思わない」
あるいは「聞かれたからそう答えたが、
思い直すと答えとは異なる思いがある」、
あるいは「よくわからないが、右と答えた」などという
非常にあいまいで揺らぎやすい特性を持っています。

もちろん、調査方法の工夫や統計学で精度や代表性は
研究されているはずですが、世の中の97%の人は
ものごとをよく考えないという説もあります。

その説からすれば、調査というのは、
よく考えていない人を対象に行っているとも言えます。

また、一番調査しにくいことがものごとの「程度」です。
程度は、人によって物差しが異なるので実際、
多くの人の程度をひとつの物差しで測ることは不可能です。
しかし、人間はものごとの程度によって行動を変えます。

これらを考えるとマーケティング調査の危うさが分かります。
ただし、すべてが無効と言うことではなく、
ユーザーモニターや傾向を探る程度なら有効だったり、
調査の目的と内容によることはもちろんです。

マーケティング調査の精度。

マーケティング調査は、そのやり方によって
精度がかなり違ってきます。
調査の対象が、うつろいやすい感情をもった人間なので、
そのあたりを考慮する必要があります。

人間の記憶や発言はある意味いい加減です。
よく言われる話ですが、
事件の調査で、目撃者がクルマは確かに青だったといっても
事件が解決すると実際は赤だったりすることがあるそうです。
記憶を都合の良いように作ってしまうらしいですね。

アンケートをしても、その場で答えたことが
真意であるかどうかは分からないのです。
そのあたりの精度については統計学で数の論理があると思いますが、
そういったゆらぎやすい状態があることを考慮に入れて
調査したいことに対して、どのような手法を使えば良いかを
入念に練らなければ目的の情報は得られません。

しかし、そうやって調べても
どこまで行っても仮定でしかありません。

マーケティング調査の意味。

マーケティングリサーチは、しばしば、
本来のマーケットを把握するというためではなく、
何らかの理由付けや口実のために行われたりします。
そういう調査は、結果が都合良く加工されます。

また、本当にマーケットを把握しようと行っているものでも
実は精度が低すぎて意味がないものも多くあります。
また、調査データから何を読み取るかがうまく行われておらず
せっかくの結果が生かされていない場合もあります。

一般的なマーケティングリサーチの
半分以上は意味がないのではないかと勝手に想像したりします。

かつてある場所で知った、海外企業のマーケット調査は
その規模と精度の高さで驚いたことがあります。

日本のマーケットに参入するに当たり、
3年かけて些細なな調査を行い、
CMにしても細かいカットまですべて裏付けがあるほど、
緻密なマーケティングプランが組まれていました。
商品を導入して3ヶ月以内に売り上げで
業界3位以内に入るという目標が掲げられ、
目標通り達成されるのです。

その調査の些細さ、分析の緻密さは、
当時日本で行われていたマーケット調査とは別次元でした。
当然、そこに投入される費用も半端ではないと思います。

マーケティングは、科学です。
緻密な論理と方法論で行なわれるべきものであり、
それが行かされる場合とそうでない場合があると思います。

適切な場面で、適切に行われると効果があると思いますが、
よく分からないから調査という程度では、
気休めと浪費にしかならないのではないでしょうか。

マーケティングの目的意識。

販促物をつくるにも営業をするにも、
何をするにもそれが何を目的としているのかを
明確にしておくことが重要です。
意外と漠然とした目的意識しかない場合があります。

目的意識を明確にするには、
これがこうなって、ああなって、そうなって、
そしてこうなるというような、
マーケティングストーリーを知っていなければなりません。

そもそもそこが曖昧な場合も意外に多いと思います。

古いものを大事にする市場。

日本人は、伝統文化を持つ割には、新しい物好きでそれが加工貿易の文化や経済発展を担って来たのかも知れません。

しかし、最近は古いものを大事にする、古いものに価値を見いだす傾向が高まっています。
骨董ということとは少し違ったものです。

西洋文化の取り込みが経済発展の土台になっていましたが、日本の伝統工芸を見直したり、
古い建物を再生したり、古い建物のイメージを再現したりあるいは、ユーズド感覚も、ある面古いものへの親しみです。

ノスタルジーというのではなく、ひとつには、温もりの感性があるでしょう。
無機的なデジタル化の反動でもあります。
もうひとつは、日本人の復権もあると思います。西欧化していった中で、行き過ぎてきた時点で、どこか居心地の悪さのようなものを感じ始めたのかも知れません。
社会状況から、無意識に西欧への反発心のようなものが刺激されているかもしれません。

いずれにしても、ノスタルジーや骨董ではない、古いもの市場が大きくなってきているように思います。

マーケティングリサーチの落とし穴。

マーケティングリサーチはあてになるのかという話です。
マーケティングリサーチの精度などについても
過去にかいているので重複するかも知れませんが、
よく考えないとお金をムダにしてしまいます。

まず、何を調べたいのかによって違って来ます。
傾向として効果の測定など、何かをやった結果を調べるには
それなりに頼りになります。
むしろ、客観的な効果については、
調査しなければ分からないともいえます。

注意したいのが未来のことです。
意向調査や嗜好調査などによって「ニーズを探る」というやつです。
これはかなりあてにならないといっても過言ではありません。

調査しなければ分からないようなニーズは、
調査しても結局分からないのです。
こういった調査の場合、質問するわけですが、
人間はゆらぎやすいもので、答えたことがその人の
本当の本意かどうか分からないのです。

警察の聞き込みでも、絶対赤だったと言ったクルマが
実は青だったということが多いと言います。
人間は、その場の状況で自分の思いや記憶を
都合良く変えるのです。

だから、アップルなどの会社は、
一切マーケティング調査をしないと言っています。

また、調査の仕方がとても重要です。
お金をかけて専門機関に依頼するならともかく、
社内の素人が考えた調査票には、間違いがたくさんあります。
さらにその結果の分析や考察も表層的でしかありません。

専門機関に依頼する場合も、相当費用をかけないと
精度の高い結果は得られません。

多くの調査が、建前的な理由付けに使われることからすれば
それで良いのかも知れませんが、
真剣にニーズを探るには、あまり役に立たないと思います。

1対1の人間関係はマーケティングの縮図。

マーケティングに限らず、社会の動きの構図は
1対1の人間関係に凝縮されます。
むしろ、1対1の関係が社会の構図に
拡大されると言うべきでしょうか。
それは、社会が1対1の人間関係の
組み合わせで成り立っているからです。
ですから、基本的な法則は1対1にあります。

例えば、告知をする行為は、
1対1でも同じです。

こちらの言いたいことをどのタイミングで
なんと言えば聞いてくれるか。
興味を持ってくれるか。
そのためには相手の現在の状況を
知っていないといけません。

相手の性格や状況に合わせて言い方を考えます。
伝える手段は何か。電話、メール、訪問???
相手と自分はどのくらい親しいかにもよります。
どれくらい信用されているだろうか。

もし話を聞いてくれたら、次にどうしてもらうかを
予め考えておかなければいけません。
また、失礼があってはいけません。
何かをしてもらえば、お礼をするでしょう。
また、お付き合いして欲しいと思うでしょう。

あるいは、相手がひどい人なら、
おつきあいはしたくないでしょう。
・・・・・などなど

これはすべてマーケティングに当てはめられます。

中古品への意識。

日本人は潔癖症だからか、新品願望が強いところがあります。
単に潔癖症と言うだけでなく、
神道などの精神風土もあるのかもしれません。

ですので、新品と中古では実質はほとんど同じでも
価値は大幅に下がってしまいます。

欧米人は合理的なので、
日本人ほど新品崇拝が強くはないのではないかと思います。

ドイツでは、以前から
車の部品の流通の半分近くが中古だと聞きますし、
ペットボトルのリターナルが成立するのも
ドイツならではと聞きます。

ペットボトルのリターナルはボトルが傷だらけになるため
日本人には敬遠されるとのことを聞きました。
実際ドイツ在住の人の話では、傷だらけだそうです。

実質主義が徹底しているドイツならではかも知れませんが
そういう国民性というか人々のモノに対する意識も
中古市場を考えるときに重要です。