コロナ後の世の中-3 働き方の変化がもたらすもの

テレワークが普及するということは、通勤が減るということですね。鉄道会社は、人口減に加えてさらに乗客を失ってしまいます。鉄道を始めとする交通関係の会社は、輸送の在り方自体を変革していかないといけない時代なのかも知れません。自動車も自動運転になると、地域内交通みたいなものがフィットしますね。
大きな目で見ると、昼間も都心から郊外へ人が分散し、都会自体の状況が変わってくるのかも知れません。

都市部の昼間人口が減って近郊都市へ分散されると、防災の面でも良いのではないでしょうか。人口がバランス良く分布するということは、施設や機関のキャパシティや稼働率にムダがなくなり、経済効率も良くなるのではないでしょうか。

近郊都市に昼間でも人がいると言うことになれば、そこが発展してきます。ものごとは、バランスが良いということがもっとも効率がよくなります。経済の源泉である人が、バランス良く動くようになれば、社会全体が効率的に成り、現状の人口の偏りによる歪みがなくなり、余裕が生まれるのではないでしょうか。
AIロボットの普及と共に、人々の生活や心にも生まれて欲しいものです。

コロナ後の世の中-2 巣ごもり生活が呼び起こすこと

コロナ後の世の中-2 巣ごもり生活が呼び起こすこと

コロナ後と言っても、ナイフで切ったように自体が変わるわけではなく、様子を見ながら徐々に自粛を緩めていくことになるのだと思います。
巣ごもり生活ではなんといっても通信販売が要になります。巣ごもり生活も長期になってくると、不要不急ではないけれど、ストレス解消のためにも必要なモノ欲しいモノを買うことは、経済にも精神健康的にも大事だったりするでしょう。

すっかり普及している通販ではありますが、まだまだサービスの余地はあります。アマゾンのプライムワードローブのようなサービスなども一例ですね。そういう充実で通販利用が増えると、今までそういうものを買いに出かけていた時間を他の時間に使えるようになります。

今まで通販をあまり使わなかった人も通販の便利さや使い方が分かって、前より利用が増えるかも知れません。

そうなると、店頭にお客さんが復活しても店頭でただ商品を並べているだけのお店は、どんどん存在価値がなくなって来るかも知れません。もちろん、リアルの店舗で買う楽しさはなくならないので、お店がなくなることはないはずですが。

コロナ後の世の中-1

2020年4月22日現在、まだまだ収まる見通しが立たない新型コロナウィルスですが、今回の措置によって、周知のように世間の動きは、かつてないほど大きく変化しています。

 

1.在宅することによるテレワーク、巣ごもり生活
2.経済活動が停止することによる産業への影響
3.医療が逼迫する中での、医療や健康への意識
4.錯綜する情報の中での情報力や感情のケア

これらは、コロナ収束後にどのような変化を生むのでしょうか。

最も予測しやすい筆頭が、テレワークによる働き方の発見ではないでしょうか。

追い込まれるようにテレワークをすることになったことで、まず’テレワークに慣れてきたでしょうし、それによって通常の業務が予想外にテレワークでこなせることを発見したり。それによって、企業は現状よりも小さなオフィスでも良いことが分かったり、逆にテレワークに関するリテラシーについて行けない社員があぶりだされたり。

かつて、デジタルデバイドと言われていた、パソコンやネットに関するリテラシーの差は、今回大きくあぶりだされたのではないでしょうか。
オフィスに出社することで、ある面アナログ的にこなせていた業務が立ち

ゆかなくなります。

企業としては、合理的に効率良く業務を進めたいから、テレワーク的な業務体制をもっと進めたいワケで、その際に今までなら分からなかったリテラシーの大きな差が、企業活動を阻むことになってしまいます。

また、社会全体がテレワークになじむことで、企業のサービスもそれを前提としたものへシフト可能になります。

それらから派生して、新しい発想も生まれてくるでしょうし、5Gの到来と相まってインターネットの活用が一気に進みそうです。
その際に、デジタルデバイドによって置き去りにされる人(主に中高年か?)も出てくるかも知れません。

またZOOMやSkypeを使って、学校の授業やセミナー、インストラクションなどを行う動きも盛んです。現状では意外に気になる遅延も5Gになれば解消します。そうすると、リアルに戻らずに発展していくサービスもあるでしょう。

まさにインターネットの対面サービスが爆発的に拡大していくのではないでしょうか。

続く

アマゾンの顧客目線。

何かと注目されるアマゾンですが、実際アマゾンはよく考えているし、それを実行していると思います。
今まで何故なかったのだろうというサービスのひとつが「アマゾンプライムワードローブ」。複数(6点まで。メーカーやアイテムが混じってもOK)の商品を注文して配送してもらい、実物を見て(試着して)、欲しいモノを手元に残し、あとは返送。支払いは、返送後に欲しいモノだけについて精算される。配送時は、請求0円です。
余分にかかるのは、返送する手間だけです。注文時には精算していないので、返金手続きも不要です。返送の集荷は、ヤマトにオンラインで日時を指定したら

取りに来てくれる。返送用の伝票がついていて、箱も返送しやすいように工夫されています。お店に出かけていく時間や複数のお店を回る時間を考えると遙かに手間と時間と費用がかかりません。

これで一番良いのが、服などのサイズや色が確認できることです。実際同じ靴をサイズ違いで取り寄せ、履いてみて良い方を買いました。

他の記事で書きましたが、20年ほど前にアメリカの通販で、それはこちらが任意で同様の買い方をしたことがありましたが、その時は、そういう仕組みはなかったので、返品と返金に手間が必要でした。

通販のネックである「実物を確認できない」を克服し、しかも家で落ち着いて試着できる・・・売り場だと緊張したり(笑)・・・ので、とても便利です。

シューズのメーカーで似たようなサービスを行っていますが、アマゾンの場合は、メーカーやアイテムが混ざっても良いので、さらに便利です。

お客さんにとってとても便利な仕組みですが、いままでなかったことからすると、実行するにはいろいろなハードルがあるのでしょうか。しかしそれは、企業側の都合です。アマゾンは、顧客の利益を優先して動いています。
通販事業で赤字を出しても平気なアマゾンだからできたというところはあるかも知れません。しかし、ますます顧客がアマゾンに引き寄せられます。

一般論の落とし穴。

ビジネスというより、商売という方がリアリティがあるかも知れませんが、商売の法則というのは、どの分野でも同じです。お客さまは、欲しいと思ったものやサービスにお金を払ってそれを購入します。

お金を払う対象のものが、自分にとってメリットがあると判断したからです。そこは、どんな商売でも変わりませんが、そこに至る経緯の作り方、つまり告知も含めた売り方の法則は、分野によって異なります。

世の中で定説と言われている事がどの分野にも当てはまるものではありません。別のブログにも書きましたが、いわゆる「ブランド」「ブランディング」ということが、盛ん言われていましたが、インターネットの発達によって、「ブランド」であることがほとんど意味を成さなくなってきた分野もあります。

普遍的に言われてきたことが、変わってきているワケです。一般論は、現象をまとめて後付けで言われている事ばかりです。
現象の方が早く起こります。一般論は参考にしながらも、常に疑うという視点も大切です。

お客さんの意思決定の仕方。

お客さんが商品やサービスを買うのは、買うと意思決定をしたからです。どのように意思決定仕方が重要です。
信頼性の高い方から「経験(P)」「第3者の情報(O)」「企業からの情報(M)」。この3つの要素が、いろいろな場面で作用して意思決定をします。

留意しなければいけないのが、商品のカテゴリーによって作用の仕方が異なると言うことです。

カテゴリーは、商品軸だけではありません。同じアイテム、例えば服というカテゴリーでも、日常の機能として買う服と、非日常のファッションとして買う服では、異なるカテゴリーだとも言えます。

意思決定のカテゴリーは、むしろ、使われ方、あるいはメリットの特性でカテゴライズされるべきです。
ネットが発達した今では、お客さんが情報を入手する状況も変わっているので過去によくいわれたようなマーケティングのセオリーは意味を成しません。
商品毎に、POMを考えてマーケティングストーリーを描く必要があります。

変わる原則。

原則というものは、特別な場合を除いて一般に適用される根本的な法則ですが、長くマーケティングで原則とされていたことが、変わり始めています。
人間は、結局のところ、情報によって考え行動するので、情報環境が著しく変わると、考え方や行動も変わってくると言うことです。

インターネットはまさにそれです。情報革命と言う言葉では陳腐すぎるほどのインパクトを持ってます。
「ブランド」というものがある分野で崩れ始めていることは、以前に書きましたが、商品の普及の仕方、消費のされ方など、インターネット以前の世の中で積み上げられて原則とされていたことが、部分的に意味をなくしていきつつあるということです。

これまでは、消費者をそれぞれの特性でグループ分けし、対策を考えることが定石でしたが、それも意味がない場合があります。

そういう風に、原則が崩れている場合があるのだということを意識しておくことが大切です。

ブランドの終焉?

インターネットサービスの発達は、従来の概念を変えてしまいます。そのひとつがブランド。今でもブランディングという言葉が使われて「ブランド性を高める」ということが必須のように言われますが、それも一部の分野を除いて徐々に効力がなくなって行くはずです。

商品そのものの性能や味が商品価値である商品は、ブランド性が意味を失いつつあります。理由は、ネットショップやブログで、リアルなレビューを見ることができるからです。
提供側、つまりメーカーや販売者からの情報はあくまで、売ろうとする側の都合の良い情報です。極端に言えば、良いことばかり書いてあるわけです。
しかし、レビューは、悪いことはもちろん、良いことでもその程度がどれほどなのかが書いてあり、該当商品が自分のイメージしたものなのか、求めている性能なのかなど、現実に近い情報がいとも簡単に手に入ります。
これは、昔ではあり得ませんでした。
レビューには、先頃問題になっている恣意的なものも含まれる場合があるでしょうが、サイト側もそういったものを排除しょうとやっきになっています。なぜなら、それらが増えるとサイトの信用が落ちて商売に影響するからです。

そういう状況では、例えばソニーというブランドに頼らなくても、自分の目的に見合った(予算:性能)他社の商品の情報が手に入ります。
あるいは、ソニーを買った人から、「ソニーを買ったが期待するほどでもなかった」というようなレビューがあるかも知れません。
ソニーのような「ブランド」には、そのような大きすぎる期待とのギャップによるリスクさえ生まれます。

とはいえ、まだまだブランド性が聞く業界もあります。ステータスになるような商品です。トレンドのファッションブランド、高級ブランド等です。

いずれにしても、「ブランド」の力は以前と状況が変わってきたことを認識しておくべきですね。

あるべき姿を確定する。

何事でもそうですが、何かを作るときは、それのあるべきすがたを最初に想定してやらなければ上手くいきません。

販促ツールでは、そのチラシはどうあるべきか、まず何を知らせるべきか、だれに知らせるべきか、どんな印象をもってもらいたいか、等々、あるべき姿を確定していくと、おのずとそのためには何が必要か、どのように必要かという風に要件が確定されていきます。そうすれば、それを具体化することで、精度の高いものになります。

しかし、その「あるべき姿」そのための「要件」が確定されていないケースは多いです。だから、つくる途中でぶれたり、横やりが入ったりなんかぼけたものになったりします。

なぜ、「あるべき姿」と「要件」が確定されていないかと言えば、ちゃんと企画されていないからです。漠然としたイメージだけであやふやなまま事がすすんでしまったためです。

もちろん、事業は「走りながら調整する」のが良いので、それの影響を受ける場合もありますが、どちらかというと、長年継続している事業でマンネリになってきている時の方が、中途半端になるような傾向がある気がします。

長年継続していて、慣れのために感覚が麻痺してきているのかも知れません。今一度、いろいろな事のあるべき姿を再確認するのもよいと思います。

アイデア次第で新しいマーケット。

映画館で「応援上演」が広がっています。2019年の「ボヘミアンラプソディ」のヒットの時に注目されましたが、要は座って大人しく見るのではなく、コスプレや鳴り物、声を出しての応援など、ライブに参加するような感覚で鑑賞することで、2007年頃から始まったようです。
作品によっては応援上演だけロングランを続けているものもあるそうです。

大昔、活動写真の頃は、活動弁士がいて、客席からは台詞や画面に合わせて、かけ声や合いの手、野次などを飛ばしながら見ていたそうです。
映画の楽しみ方も変わってきたというか、新しい楽しみ方が出てきたとう事ですね。こうやって従来のものでも、新しい楽しみ方が見つかるとマーケットが生まれます。
新しい食べ方、使い方も同じですね。同じ商品でも、利用の仕方のアイデアで新しい価値を生むのは、商売の基本中の基本ですね。