ムダな会議の法則。

日本の会社はムダな会議(ミーティング)が多いと言われます。

「タイムイズマネー」なのにムダな時間を複数の人数で浪費するのはほんとに意味がありません。かつて私も古い大手の会社に勤めていたことがあり、その点は痛感します。

多数の事業を行うアマゾンなどは、「会議は不要、事業部間の摺り合わせも時間のムダ」と言っています。

日本の場合、なぜムダになるのか考えると、日本独特のいくつか法則があると思います。

1.会議の目的を明確にせずに会議をする。
何を決めるために会議をするのかということを最初に明確にしないまま、会議を始め、成り行きで結論を出そうとするのだと思います。その結果、なんだか良く分からない結論が出て、何も動かない、変わらないということになるのだと思います。

2.集まって話すだけで安心する。
日本人は集まるのが好きです。また、個人個人の機能が分化されておらず責任の所在も明確ではないので、個人の仕事が完結していません。そのため、集まることで共有し連帯責任的な感覚を生み出そうとするのではないでしょうか。

3.根本的に会議で決めることではないことを決めようとする。
目的が明確でないことと関連しますが、そもそも話し合って決めることではないことを決めようとする場合もあります。ある途中のプロジェクトを、特に問題が起きていないのに報告させ、それに関する情報を持て異な人に意見を出させたり。それでどうしろいうのかというような会議も起こります。会議ということを理解していないのでしょう。

4.準備せずに会議をする。
これは、多くの会社で起こりがちなのに見過ごされていることです。

有効な会議をするためには、あらかじめ会議の目的や資料、参加者が知らされ、各自で準備してくることが必要です。そうでなければ、会議に出席しても、参加者と同じ次元で問題を考え意見を言うことができません。

糸井重里さんの言葉を借りれば「個人練習をせずにチームの試合に出る」状態です。それがされていない会議で主催者が参加者に意見を求めて「良い意見が出ない」というのは本末転倒です。良い意見を出せる環境作りが必要です。

5.適切でないメンバーで会議をする。
「ブレーンストーミング」などで起こりがちですが、とにかく「人を集めて自由にアイデアを出す」と良いアイデアが出ると思ったら大間違いです。ほとんどの「ブレーンストーミング」が時間の浪費に終わる理由がここにあります。

「ブレーンストーミング」は、テーマについて同レベルで考えられる人が集まらないと意味がありません。相応の問題意識、知見、経験などがあって初めて成立します。ですので、「ブレーンストーミング」が有効な場合というのは極めて少ないはずです。「ブレーンストーミング」は意味が無いという人もいます。

要するにその会議で討議されるべき問題について相応の問題意識や知見を持って居るメンバーでなければ議論にならないということです。

6.会議ありきで会議をする。
日本の場合、これも多いのではないでしょうか。「定例会議」と称して、必要も無いのに集まって茶話会のようなことをする。ある種の休憩時間のようなものになります。

まれに、こういう雑談からアイデアが出ることもあるでしょうが、それは単なる偶然だと思います。そういう偶然を狙える余裕のある会社においては良いのだと思いますが、他にもっと有効な時間の使い方もあるのではないでしょうか。

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他にも法則があるかも知れませんが、根本的な原因は、日本の組織が個人に於いて機能分化されていないと言うことだと思います。
そのため、いろいろなことが曖昧になります。「ソウレンソウ」が必要というのもそれが原因ではないでしょうか。

「どんどん個人にまかせるべき」と言われても、業務の範囲が明確にされていないので任せられないし、任されても困るという部分が出てきます。

ものごとは、事情を分かった人間が考え抜く方が良い結果がでます。冒頭のアマゾンの「会議はムダ」もそういう考えが根底にあるはずです。海外では、個人の責任と義務の範囲が明確にされています。そのため、解雇もドライなのですが、組織の基本は、個人の役割を明確にすることなのではないかと思います。
そうすれば、自ずとムダな会議はなくなるはずです。

ユーザーは、何が欲しいのか自分では分かっていない。

毎日暮らしていると、慣習的になってしまっていることも多く、そうなると見過ごすことも多くなります。多くの人がそうなっているはずです。
だからといって、毎日が100%快適で楽しいかといえばそんなことはなく、むしろ頑張ってるのに、どこかもやもやした不便さを引きづりながら暮らしているというのが現実なのではないでしょうか。
しかし、多くの人が「こんなもなだろう」とそのままにしています。しかし、「そうではない」と言う人もいます。
「そうではない」と思って、不快なところを深く考え新しい商品や事を考え出したりします。そういうものは、多くの人がおざなりにしていたことなので大ヒットしたりします。

「ユーザーは、何が欲しいのか自分では分かっていない」と言ったのはアップル創業者のスティーブジョブスですが、iPhoneは、まさにそう言う物のひとつでしょう。iPodもそう、Macもそうです。
ジョブスは「市場調査には意味が無い」と言います。ユーザーは自分の欲しい物を自覚していないからです。見過ごしている毎日を注意深く点検して、深く考えてみるということが大切ですね。

糸井重里が社長を務める「ほぼ日」という会社がありますが、まさにそういった見過ごしているところを拾い上げて、みんなが気づかなかったことを商品にするということを具現化しています。

この会社は、会社の中味自体が従来の会社とは違ったやりかたです。それも、見過ごされていた部分を具現化したようにも見えます。しかも、面白いことという規準があります。
そんな理想のようなことをしていても、売上は上がり、上場しています。また、この会社には営業部員が居ません。
有名な「ほぼ日手帳」は、80万部売れたそうです。
水は低きに流れるごとく、多くの人が欲しい物をつくたら売れたということです。

これからの時代のヒントがたくさんあるような気がします。

方向性を見失う理由。

物事の方向性というのは、とても重要ですが見失いがちでもあります。
また、そもそも方向性が曖昧だという場合もあります。

方向性を決めたのに、途中でぶれてしまう場合は、その方向性が曖昧か間違っているかも知れません。往々にして些末なこと、例えば印刷であれば、しかるべき情報や写真が得られないとか、予算が足りなくなってきたとか、小さなアイデアにとらわれてしまうとかです。
あるいは「なぜここにこんな写真が入っているの?」「営業から入れろと言われたので」とか、横やり事情があったりします。

しかし、結果的に方向性が良く分からなくて、まとまりがなくなってしまうと、印刷物の訴求力は弱くなります。これは、どこがどうという理屈ではなくて、全体の勢いがなくなるのです。
人間は、話の一貫性によって納得し感動します。例えば面白いテレビドラマは、話に一貫性があるから感動し笑えるのです。

印刷物での一貫性は、手に取ったときにその存在感を感じるものです。商品でも同じです。iPhoneの質感や存在感の魅力は、もちろんデザインの力なのですが、その一貫性が背景にあるからです。

企業でもブランドでも同じです。方向性の明確な企業は、一貫性があります。商品でも一貫性があるからブランドとしても存在感を発しています。

方向性が曖昧になるのは、意外とこの「方向性」というものの決め方自体が理解されていなかったりします。だから決めたのは実は方向性ではなくて、当面の目標だったり、手法だったりします。

中小企業の経営者であったり、あるいは制作者の方でも、「方向性」を曖昧に扱っている場合は多い気がします。

当事務所では、それらのアドバイスやコンサルティングも行います。
ご相談ください。

「新しい視点で会社が変わる、Real-Consulting」

 

会社案内の効用。

会社案内(業務案内)を安易につくっている企業は意外に多いです。業態にもよりますが、「内容が分かれば良い」的に考えておられて「費用を掛けなくて良い」と言われます。

しかし、業務的には「内容が分かれば良い」のですが、そこで相手に与える印象は、やはり「安易」な印象になります。
例え、事業や商品が優れていても、どこかそういう所では安易にする会社なのだなと無意識のうちに受け取られてしまいます。

同じように優秀な人が2人いたとして、1人は品の良いスーツをぱりっと着こなしている、姿勢も良い。もうひとりは、スーツを着ているけど、どこか安ものっぽく、ネクタイもあっていない、姿勢もどこかゆるい印象。
人の能力は同じだとしても取引したいのは前者の人ではないでしょうか。

要は、身だしなみや装いなのです。中味には関係なさそうに思いますが、実際は、中味も外側から作られるところがあります。ぱりっとした人は、中味もぱりっとしているし、またそうなってきます。

もっと大きく考えると、その人が所属する会社もやはりそう見られてしまいます。後者の人の会社は、いくら商品が優れていても「どこかそういうゆるいところがある」会社なのだなと思われてしまいます。そして、実際、そうなのです。悪い意味で、そういう人を許している社風であるということです。
会社案内だとか名刺だとかは、会社の身だしなみに近い効果があります。

これは中小企業だけの話ではありません。誰もが知っている大企業でも同じです。例えば、大手の老舗企業の名刺の多くは、古い事務的なデザインものが多いです。名前が知られているのでそれなりの威光がありますが、逆に「古い体質なのだろうな」「なかなか話がとおりにくいだろうな」「融通が利かないだろうな」というありがちなマイナスイメージも持ちます。それだけで、商談の時に、期待度が下がってしまうことは現実に起こります。たとえ大企業でも、それだけでビジネスチャンスを逃してしまっているかも知れません。

また、お金を掛けなくても「ちゃんとつくる」ことを心がけるだけで、会社自体にも気づきが生まれます。

会社案内をつくるときに多いのは、社内の情報がなかなか揃わないことです。自社の情報なのに、事業案内や商品案内の情報や写真、最新の企業情報などが、なかなか集まらないという事も、決して少なくありません。逆に言えば、そういう状況があるから安易に作ってしまうということもあるでしょう。
しかし、対外的に発信する自社の情報がすぐに揃わないということは、社内全体で会社の基礎情報が共有されていないことでもあります。
これを機に社内体制を改善しようとか、情報共有の仕組みをつくるなどの発想が生まれてきます。
こういう事は、ブランディングの一環でもあります。

定期的に会社案内を「ちゃんとつくる」のは、対外的にはもちろん、社内的効果も大きいのです。

あれこれ手を出す社長はダメ社長か?

「うちの社長は、いろいろなことに手を出して
失敗してばかりしているダメ社長だ」なんて
社員や奥さんに言われてしまう中小企業の社長。
これは、決してだめ社長ではないかもしれません。

社長の大事な役目のひとつが、新しい儲けの仕組みを作ること。
つまり新規事業の開発です。

新しい儲かる事業などそう簡単につくれるものではありません。
新しい儲かる事業を見つけるには、たくさんのトライ&エラーが必要です。
ユニクロの柳井さん曰く、10個やって1個成功したら良い方だそうです。

だから可能性のありそうなことはどんどん挑戦して、
だめと分かったらできるだけ早めに撤退する。
それの繰り返しの中で、儲かる事業が見つかるとうことですね。

それは、端から見れば「いろいろなことに手を出して失敗してばかりいる」と
映ってしまうかもしれません。

失敗を繰り返しても
100回目に大当たりしたら、会社はとたんに大きくなります。

シリコンバレーの投資家も500万円程度の投資なら10分で決めると言います。
そうやっていっぱい投資して、ほとんどダメになるけど、
その中で大当たりするものが出て回収できるのだそうです。

新しいことをやり続けるには、
貪欲な好奇心と忍耐や執念が必要です。
あれこれ挑戦し続ける社長は、実は素晴らしい方なのではないでしょうか。

ダイエットマーケットのツボ。

ダイエットというのは、現代人の永遠のテーマですね。
肥満は、必要なカロリー以上に摂取するから起こるのであって、
運動量に合わせた量を食べていれば肥満にはならないのです。
それが、飽食文化で、食べた量に合わせてスポーツクラブで運動するという
誠に滑稽なことになっているのが現代人です。

ダイエット願望というのは、
ちょっと太りかけた人が一番強いらしく、
ある程度肥満が進むとあきらめてしまうそうです。

ということは、ちょっと太りかけの
グルメ好きというのがダイエットの上顧客と言うことになります。
グルメ好きなだけに、なかなかダイエットが進みません。
手かえ品かえダイエットに励んでくれます。

まずいことに、彼女たちには、
本当に効果的なダイエット法を教えてあげてもやろうとしません。
美味しいご飯をあきらめるのはつらいからです。
だから、効果は薄いけど「効きそうな」ダイエット法を
教えてあげるととても喜ぶはずです。

真剣にやせたいと思っている人は、
さっさと食事制限をしてすぐにやせてしまいます。
ですので、ダイエット業界の良いお客さんにはなりませんね。

消費者心理って面白いですね。
真実ではだめなんです。
「効きそう」なことを求めているんですね。

時代は「オープン」。

今、新しい時代への重要なコンセプトのひとつに
「オープンであること」があるのではないでしょうか。

古くは、オープンソースくらいから社会の仕組みとして具現化してきたのかも知れません。
オープンソースは、ソースを公開するだけではなく、
すべてをオープンにしてみんなで「共有」しながら進めると言うことです。

オープンソースのソフトウエアは、ソースコードをオープンにして
誰もが改善できるようにしました、しかも無料で。
その結果、世界中の優秀なプログラマーが開発に関わることができ、
生まれたのが有名なものではリナックスであり、
ワードプレスもそうで、世界中で使われ、今も進化しています。

考えてみれば、インターネットもそうです。
情報を「共有」することで、今まで限られた人しか得ることができなかった情報を
世界中でオープンにして、誰もが簡単に見れるようにしました。

今、「オープンであること」で注目されるのが仮想通貨です。
ブロックチェーンという技術は、通貨の運営を共有する仕組みです。
いままで、国が管理していた「通貨」をブロックチェーンという技術によって管理し、
世界中の人が情報を共有できるようにしました。

つまりブラックボックスがないということです。
ブラックボックスがあると、そこで何が行われているか分かりません。
誰ががずるいことをしていても分かりません。
信用で成り立っています。ということは、
常に不信感がつきまとっていることでもあります。
しかし、オープンにすることで、全員が公平な存在になります。

最近の組織のいろいろな事件が結局うやむやに終わって、
もやもやした不信感が残ってしまうのも
肝心のところがブラックボックス化していて、
何も説明されず話が腑に落ちないからです。

いま、ビジネスも昔のようなはったりやまやかしが通用しない時代になりました。
いろいろな情報がオープンになっているからです。
ごまかしていてもすぐに分かります。
最近世間を騒がせている「不祥事」のほとんどはそれですね。
もう、ごまかせる時代ではなくなってきているのです。
ブラックボックスの多い組織は信用されなくなるでしょう。

人間は、どうしてもずるいことを考えてしまいます。
それを技術の力でなくしていこうというのが、
新しい時代のマインドなのではないでしょうか。

清涼飲料水の自販機にミニ缶があれば。

缶ビールでミニ缶がありますが、炭酸飲料や他のドリンクの自販機でもミニ缶があれば良いと思います。贈答品ではジュースなどの詰め合わせではあるようですが、自販機ではなぜないのでしょうか。機械の事情かな。単価として小さすぎるのでしょうか。どこかにあるのかな。普段は見ませんね。

歳とともにそれほど量が必要ではなくなる。あるいは、ちょっと炭酸が欲しいけど1缶もいらない・・・そういう時があります。高齢化社会、こういう人が増えているのではないでしょうか。

コーラのミニ缶50円とか60円、70円?・・・「1缶もいらない」と思って買わなかった人は買うのでは? 90円なら買わないかな。そのあたりが分かれ目でしょうか。

ナイキの凄さ・・・企業の理念の力。

タイガーウッズが復活して、
ウッズが低迷しスキャンダルでどん底にいたときも
スポンサーを降りずにサポートしてきたナイキに注目が集まりました。

日本とアメリカの企業や社会の文化や
考え方の違いをまざまざと見た気がしました。

日本だとまずスポンサーを続ける企業はいないでしょう。
アメリカでも多くのスポンサーが降りました。
しかし、ナイキはウッズを見限らなかった。

それは、ウッズを信じてと言うより、ウッズの才能にほれ込み再起を願って
(大きい意味で信じてですが)というマインドではないかと思います。
これには、明確な理念や固い信念がなければできないことだと思います。

スポーツの企業として、自分たちはどうしたいのか、
どうあるべきなのかという固い信念があればこそできたはずです。

世間の批判やイメージダウンもあるでしょうし、
投資家からの反発もあるでしょう。
しかし、それらに対する答えが明確にあるからこそ、
ウッズへの支援をやめなかった。
そこにナイキという会社の凄さがあると思いました。

これによりナイキブランドは、またひとつ価値が上がったと思います。
しかし、それを目指してやったのではない(でしょう)というところに
真の強さがあると思います。

ナイキはほかにも、国歌斉唱の論争になったアメフトの選手を
「何かを信じろ。たとえそれがすべてを犠牲にすることを意味しても」の
メッセージでCMに起用したり、自分たちのスタンスを明確にしています。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/04/nike-colin_a_23515931/

これらは、やはり「個」を重んじるアメリカの文化的背景もあると思いますが、
それでもナイキの姿勢は素敵だと思います。

かつてのベネトンが社会問題の報道写真を使ったキャンペーンを思い出しました。
http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/benettonad.htm

ベネトンもまた、姿勢を明確にしている企業です。

重なったホットケーキのバターの塗り方。

いまどきはパンケーキというようです。分厚くてたくさん重ねたパンケーキが流行っていますが、昔ながらのホーとケーキは2枚重ね。

あの、2枚重ねのホットケーキ、みんなどうやって食べているのだろう。
課題は、バターの塗り方。
下になってる方へのバターです。

上を食べてからだと、冷めていてバターが良くのびない。
かといって、狭いお皿で2枚同時にバターを塗るのは至難の業。
下は塗らないという割り切りもあるだろうが、味が片手落ちになる。
私は、上をそうっと持ち上げてバターを挟み込んで、
上下の熱で溶かすということをやってしまう。
しかし、スマートではない。

一体、ホットケーキで上にちょこんと載せられた四角いバターと
持ちにくい容器に入ったシロップ。
どう使うことを想定されているんだろう?