幸せ観の再定義?

破竹の勢いで成長した人気飲食チェーンの成長が鈍化、低迷しているというニュースが流れ、その原因はというと、案外単純で、マーケットが飽和状態になっているといいます。
企業は、今までのマーケットの感覚の加速度で成長イメージを描いていたけれど、実際はもっとブレーキがかかるということではないでしょうか。これから、こういったズレはいろいろなところで出てくるのではないかと思います。

人間はどうしても過去の感覚にとらわれてしまいます。住宅の分野でも数年前から供給過剰といわれ、都内でさえ賃貸の空き室率が33%だと言われながらも都市部ではあちこちでマンションが建設され、数年後が懸念されています。
ブレーキのかかる情報が充分出ているのになかなかブレーキを掛けることができません。人間は、まだいけるのではないかと思うからです。
しかし、若い世代では、過去の経験がないからか、そう言う時代に素直に素朴に向き合う人がでてきています。

「売上を、減らそう。」という本で話題になった飲食店の経営者は、象徴的です。この例だけでなく、大阪の「好きなときに出勤して良いエビ加工工場」や「嫌いなことはしなくて良い」というZOZO。古いところでは「ホウレンソウ」を禁止した未来工業。
人口減少と直接関係があるわけではありませんが、要するに発想の転換というか、過去の経験にしばられないというじなやかさです。

成長して売上をあげて給料を上げて、その先に幸せな人生があったのか?という問いをなげかけているのではないでしょうか。
今までの「幸せ観」自体が形骸化したイメージなのではないのでしょうか。これからの企業の在り方も「幸せ観」自体を再定義していかないといけないのではないかと思います。

人の感覚はいい加減。だから演出が重要。

TVでときどきやっている「芸能人格付け」は、芸能人が安いワインと高いワインを飲んで当てるというような比較クイズをやって外れるとランクを落とされるというゲームですが、ことごとく外れます(笑)
TV番組なので多分に演出は入っているでしょうが、実際人の感覚はあてにならないものです。
警察などでも「青いクルマだった」という目撃証言が実際は赤だったというようなことがあるというのは有名な話です。

ひと頃、百貨店がブランドエビを使用しているとしていた料理が実は普通のエビだったという詐称疑惑がニュースになりましたが、実際、それを食べたお客さんで気づいた人はいなかったはずです。
普通のエビもブランドエビ並みに美味しかったワケです。というか、美味しいと思い込んで食べるので、よほどの違和感がない限り美味しいわけです。

人間のこういった感覚はとてもいい加減です。決定的な差があるもの以外は、なんの情報もなく味わっても分からないのです。多くは事前の情報によって、美味いとか良いとか思い込んで味わうわけです。

情報とは、演出です。何らかの付帯情報を加えることで「良く見せる」。人間は初めて買うモノについては「良さそうに見える」から買います。

悪く言えば、「上手いこと言ってその気にさせて買わせる」とも言えますが、成熟市場におけるマーケティングはまさにそのものです。そのまま並べているだけでは売れないので、あの手この手で「その気になるような」演出を行います。

悪いことをしているようにも聞こえますが、商売というのは、昔からそういう面があります。有名な平賀源内の「土用の丑の日にはうなぎ」などは、最たるものです。

多くのマーケットが成熟化している現代では、この「見せ方」がとても重要になっているわけですが、意外にも、商品作りに熱心なメーカーほど、この「見せ方」についての意識が薄かったりします。

こだわりVS分かりやすさ

ちょっとこだわりがあるような雰囲気の良い飲食店に入って、ご飯を食べようとメニューを見るとたくさん書いてあって、しかも良く分からない言葉が並んでいて、何をどう注文したら良いか分からない事があります。
お店の人を呼んで聞くことができるときは良いのですが、忙しそうにされていて、声を掛けにくかったり、なかなか来てもらえなかったり。その間、メニューを片手にぼんやり。混んでるときなどは、あきらめて店を出たこともありました。そういうときに、「初めての方におすすめメニュー」として数点のメニューがかいてあると安心してそれを憂悶するのです。
リピーターや詳しい人には、こだわりのメニューは嬉しいでしょうが、よく知らない初心者には、無用の長物です。
分かりやすくて注文しやすいメニューが欲しいのです。結果的においしければ、また来るでしょう。そうしていると詳しいメニューも分かるようになります。
一般的にたとえこだわりのお店であっても、飲食店に来る客の9割は味にこだわらないと言われます。おいしければ良いということです。
ファッションも同じです。ユニクロの柳井さんは、9割の人はファッションこだわらないと言っています。
いろいろな分野で同様の法則があるのではないでしょうか。

そういうボリュームの人達は、分かりやすくておいしい、楽しい、カッコイイというのが良いのです。
ただし、お店のカラーを作るのは、残りの1割のお客さんですが。

MBA型マーケティング思考の落とし穴。

マーケティングというのは、商売を科学的に考えることです。科学的とはつまり、解析して理論を組み立て、それを適用して「正しい答え」を出すことです。つまり、極端に言えば同業同環境のマーケットにいる業者はみんな同じ答えで動いてしまうと言うことです。「差別化」しなければいけないのに同じ答えを土台にするから骨格の部分が似てきます。
ここにMBA型の限界があると言われています。

世界のトップ企業では、MBA型から脱却するためのアート思考、美意識の鍛錬が重視されています。アップルが「マーケットリサーチはしない」と言っているに代表されるようにGAFAの企業の活動が象徴的です。彼らは、美意識や才能ある人の思い込みなどを重視してマーケティングを展開しています。

こういったことは、企業の規模は関係ないと思います。むしろ、日本的思考からすると大きい企業ほどMBA型です。そこに現状の日本の大企業の弱さがあるのかも知れません。
日本ではよく、「事例はあるのか」と言われますが、事例があると言うことはもう他社がやって成功していると言うことです。そこに乗り込んでいくほどバカなことはありません。
他社と違う新しいことをしようと思えば、事例などないはずです。サントリーの創業者の有名な言葉として「やってみなはれ」がありますが、やってみてだめなところを調整していって自社独特の手法ができていくのです。昭和の創業者は、独創的だったのですね。

「キャッシュレスは定着するか?」とは???

未だに「キャッシュレスは定着するか?」的な記事が見られていろいろな分析がされていますが、「キャッシュレス」は定着するしないではなく、どれくらいで普及するかなのです。普及しないわけがないのです。
「日本人は現金崇拝だから」などと言われますが、そういった意識も利便性の前には吹き飛んでしまいます。まだ、良く理解されていない、慣れていないだけです。

キャッシュレスと現金とを比較すると、どう考えてもキャッシュレスの方がメリットが大きい。現金を扱うがためのセキュリティ費用やレジ管理の人件費など、現金であるためのコストは膨大です。これらのコストがなくなるのだから、特に大企業はなんとか導入して普及させようとします。大企業が導入していくと、利用者もキャッシュレスを安心して使い始め、慣れていきます。

インターネット黎明期にも同じようなことが言われました。しかし、インターネットは、かつてない利便性により社会インフラ化しています。いまや多くのサービスがネットを前提に考えられるようになりました。

ビットコインなどで知られるブロックチェーンによるデジタル通貨も、同様なことが言われていますが、どこかでブレイクスルーが起こり、安心材料が生まれ、加速度的に普及していくはずです。メリットが計り知れません。

多くの新しい仕組みは、みんなが使っていないか不便だったり不安だったり、そういう精神的な理由がハードルになっていると思います。
「分からないから」なので「分かった」ら、一気に普及し始めるはずです。

吉本問題の売りの構図。

世間を騒がせている吉本興業の問題は、複数の物事がねじれてきて7月30日現在良く分からない状態になっています。

元々は所属芸人が行った直営業に反社会的組織が絡んでいた、その話にウソがあったというところからスタートしていますが、問題がよじれてきて、吉本興業の社内体制や考え方自体も問われるような自体となってしまっています。どちらも、モラル云々の話も問われてきたりと、マスコミ、大衆の野次馬騒ぎの餌食のような様相を呈してきています。

所属芸人と会社の戦いのような構図になってしまい、芸人がまるで吉本の社員のような位置づけで語られていますが、吉本芸人は吉本の社員ではありません。

基本的には、吉本芸人は吉本興業の商品なのです。この企業と商品という構図が忘れられて、社員や会社と一緒くたに語られているような印象です。
企業と商品。八百屋で言えば、野菜や果物、トヨタで言えば自動車、家電メーカーで言えば、冷蔵庫やテレビです。企業は、自社の商品を常に磨くし、大切に扱うし、また責任もあるのではないでしょうか。

一方、芸人は個人事業主であり、仕入れ商品であるから、吉本としては安く仕入れて高く売りたい。売れすじ商品なら入り値が高く、売れない商品なら入り値が安いのは当たり前です。入り値を高くしたいなら、売れる商品になることです。売れない商品をなんとか仕入れてもらうように頼むと安く叩かれるというのも世の常です。売れる商品なら会社はよろこんで仕入れるでしょうし、入り根交渉も芸人に有利でしょう。芸人の方が、ギャラ比率が公平でないというのは、この法則を理解していないのでは?と思います。

ただひとつ、世の会社と違うのは、吉本を始め芸能界というのは、その商品が人間であることです。感情も生活も健康もある普通の人間です。その点ではお客さんとも吉本の社員とも変わりません。
その人間である商品の人間としての扱い方によって、芸能事務所は、芸能人は、売れ行きが変わってくるのではないのでしょうか。

言葉の肥大化にご用心。

言葉がキイワードになると、どんどん解釈が肥大化して事態が良く分からなくなることがあります。

最近では、デザイン、ブランディングなどでしょうか。
しかし、世間で拡散されていくうちに拡大解釈され、ただ言葉を飾りのようにつけられているだけというような状況も多いのではないでしょうか。

○○デザイン、○○マーケティングなどと命名すると、素敵な何かがありそうなムードが漂い、企画書や会議の資料などに盛り込まれると、何か新しいことが生まれてきそうな気になります。
デザイン、ブランディング、ともに、定義が曖昧に成りがちな言葉です。どうにでも解釈できそうなことばです。つまり、後付け理屈にも使いやすい言葉です。

「そこでいう○○デザインとはどういう概念なのか」ということを小学生でも分かる言葉で説明しなさいと言われるとできるでしょうか。
使っている本人も実は良く分かっていないということもしばしば。

つまり、明快な解釈や定義がされない曖昧な状態でプロジェクトが進んでしまうことになります。当然途中で話がぶれてきて、良く分からない状況になっていきます。会議をしてもあちこちから違う見解がだされ、そのどれもが合っているようであっていないようでもあります。そもそもプロジェクトリーダーが良く分かっていなかったりします。そのような状況で、何かを進めて上手くいくはずがありません。

流行り言葉(バズワード)に振り回されないためには、最初にそこでいう○○○デザイン、○○マーケティングとは、つまりどういうことなのかということを分解できる限り細かく定義しておくことが重要です。

企業の社会貢献への姿勢とは。

アウトドアウエアメーカーの「パタゴニア」が、社員を選挙に行かせるため、投票日の直営店は一斉休業にすると発表しました。投票日は日曜日、「パタゴニア」にとっては稼ぎ時のはずです。
普段でも正月以外で一斉休業をすることはないと言います。それほどのことを決断した背景には、創業者の確固たるポリシーがあり、それが言葉だけでなく、会社の行動規範として具現化されているからです。

社会貢献を掲げる企業は多いですが、それが企業全体の行動規範まで染み渡っている企業は極めて少ないのではないでしょうか。
大手企業の不祥事が多発していますが、どの企業も社会貢献の精神を掲げています。

パタゴニアの創業者は「私はいつも地球に良いかを優先することで利益を上げてきた。」と言います。
数年前に話題になったアメリカでの広告があります。
フリースのジャケットの写真に
「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」のコピー。主旨は「必要なければ本当に購入してほしくない」ということです(必要のない人が買うと捨てられてゴミになり環境を破壊する)。

現代のマーケティングは、乱暴に言えば「必要と思っていない人にも必要と思わせて無理矢理買わせる」といっても過言ではありませんが、それとはまったく反対のマーケティングです。その結果としては、最高の売上を記録したそうですが、これは結果としてそうなっただけで、それを狙ったあざとい戦略ではありません。

また、これをそういう思想もない企業がマネしてもダメです。見透かされてしまいます。パタゴニアがこれができるのは、「私はいつも地球に良いかを優先することで利益を上げてきた。」という思想が普段から全社に徹底しているからです。

パタゴニアの創業者は言います。「馬鹿げてるように思うかもしれませんが、私はいつも決断をする時、それが地球のためによいかということを優先して考えることで利益を上げてきました。私たちのお客さんはそのことを知っているでしょうし、彼らも地球環境のために何かしたいのではないでしょうか。」

パタゴニアの他の社員はこうも述べています。「広告業界が以前のように機能することはないでしょう。誰もが広告を疑っているので、Clever(賢い)な人たちにはもう相手にされません。

Clear(明確)が新しい時代のClever(賢い)になります。とにかく自分のメッセージを明確に伝えることが求められる時代になってきているのではないでしょうか。」(ネット記事より)

ツイッター創業者は、社会貢献について「社会貢献をしない会社は競争面でも不利になる」と言っており、ヴァージンのリチャード・ブランソンも、「企業は利益を考えるよりも社会に与える明確な目的を持たなければならない」と何度も繰り返しているそうです。

もう、企業のブラックボックスが通用した昭和の時代ではありません。企業が見かけだけ社会貢献を打ち出してもいずればれてしまう時代です。
まだ、そういうことに無頓着な世代が多い日本のマーケットですが、徐々に大衆は賢くなり、また若い層ほどそういうコトに敏感です。
企業は、体質そのものを変えていかないと、嘘がばれて大問題になったタレントの闇営業問題のように、ヘタに見かけだけの社会貢献を打ち出すと返って企業の価値を下げてしまいます。
経営者が、社会と自社の関わりについて、本気で考えなければいけない時代です。

2019.7.12

「レンタルなんもしない人」

「何にもせず傍らにいるだけ」という超ユニークなサービスを行っている人がいます。「レンタルなんもしない人」。
すでに話題で本も出たり連載が始まったりしているようです。
ツイッターのフォロワーも11万人を超え、多くの人がその活動を楽しみにしているようです。名前も良いですね。「なんも」というところがいかにも「ただ傍らにいるだけですよ、良いですね?」とサービス内容の承諾を念押ししているようにも聞こえます。

依頼の内容は、様々で、記事によると、離婚届の提出の同行、痔の手術への同行、裁判の傍聴、医師国家試験の合格発表見届け・・・などなど多彩で、1日3〜4件の依頼をこなしているそうです。

収支が気になるところですが、「貯金を取り崩して行っている」そうなので、決して儲かってはいないようです。依頼したいと思っても、料金が見合わないと依頼しないだろうし、逆に特に決めてないからこそ依頼者が現れるのでしょう。
しかし、その依頼、つまりニーズ(=困っている、あるいはして欲しい)は、たくさんあるということですね。

社会というのは何らかの枠組みがあります。現代人はその中でい来ています。だから安心が得られるというのが社会の利点です。しかし、ものごとには必ず両面があるので、安心を得る代わりに、どこか息苦しさを無意識に受け入れているのではないでしょうか。そういった、息苦しさが「なんもしない人」を雇うことで緩和されるのではないのかなと思います。ある種のヒーリング効果というような。
以前読んだ動物のヒーリング効果の本で、動物病院の治療において、その病院が飼っている犬が傍らにいるだけで、治療に来た動物の様子や治癒が違ってくると言う話を読みました。

「なんもしない人」を依頼する人は、若い人が多いようだし、まだまだその効果について、商売として見合う対価を払う人は少ないのかも知れません。
しかし、この先、ネットコミュニケーションが発達し、社会の仕組みが複雑になると、息苦しさも増えて、こういうサービスへの価値が認識され、対価も見合うようになるのかも知れません。
また、ある意味「誰でもできる」ため、誰もが気軽に頼むという時代がやってくるのか?なんて思ったりもします。

「なんもしない人」に依頼がたくさん来るという現象は、これからの時代の何かヒントがあるような気がしてなりません。

いまは儲からないけど「なんもしない人」は依頼をこなしながら、とても貴重な仕入れをしている時期なのかも知れないなぁなどと思ったりもします。

拡大する心の快適。

立ち飲みの新しいビジネスモデルで躍進中の「晩杯屋」。名前も面白いですが、店内には「肘つき禁止」「暴言や迷惑行為は出入り禁止」「迷惑行為は即刻警察に通報します」など、店内の雰囲気を壊す行為を禁止する貼り紙がしてあります。こういうお店が増えています。

お客さんの快適を確保するのが第一でしょうが、お店としてもトラブル等で余計な手間を取られたくありません。

これまでは「お客さまは神様です」的な(間違った捉え方の)”お客さま第一”が多かったですが、最近は「正しい客」を第一とする姿勢を打ち出している会社も多くなりました。

「お客さまは神様です」を当たり前としてきた古い世代に対し、「違うんじゃない?」と思っていた新しい世代の経営者が増えてきたのではないでしょうか。
これも、世の中のインターネットを典型とする民主化(=正直者がバカを見ない)と合理的志向の流れの中にあると思います。

以前、星野リゾートが「喫煙者は採用しない」と打ち出して話題になりましたが、その理由も、お客さまサービスや経営という視点から非常に合理的なものでした。

ZOZOの6時間勤務や未来工業の「ホウレンソウ禁止」も従来当たり前とされてきた「苦痛」を取り払ったものとも言えます。これも背景にあるのは、従業員の快適です。

日本は、独特の精神性や文化性などにより、昔からの非合理的な仕組みや慣習やおかしな考えが、当たり前のこととしておざなりになっていたりします。そういった悪しき常識を疑い改善することで、お客さんも会社も心が快適になります。

お店やオフィスのハードを快適にするだけでなく、こういった心の快適こそ、人間は本当の快適を感じるのではないでしょうか。

2019.7.6