幸せ観の再定義?

破竹の勢いで成長した人気飲食チェーンの成長が鈍化、低迷しているというニュースが流れ、その原因はというと、案外単純で、マーケットが飽和状態になっているといいます。
企業は、今までのマーケットの感覚の加速度で成長イメージを描いていたけれど、実際はもっとブレーキがかかるということではないでしょうか。これから、こういったズレはいろいろなところで出てくるのではないかと思います。

人間はどうしても過去の感覚にとらわれてしまいます。住宅の分野でも数年前から供給過剰といわれ、都内でさえ賃貸の空き室率が33%だと言われながらも都市部ではあちこちでマンションが建設され、数年後が懸念されています。
ブレーキのかかる情報が充分出ているのになかなかブレーキを掛けることができません。人間は、まだいけるのではないかと思うからです。
しかし、若い世代では、過去の経験がないからか、そう言う時代に素直に素朴に向き合う人がでてきています。

「売上を、減らそう。」という本で話題になった飲食店の経営者は、象徴的です。この例だけでなく、大阪の「好きなときに出勤して良いエビ加工工場」や「嫌いなことはしなくて良い」というZOZO。古いところでは「ホウレンソウ」を禁止した未来工業。
人口減少と直接関係があるわけではありませんが、要するに発想の転換というか、過去の経験にしばられないというじなやかさです。

成長して売上をあげて給料を上げて、その先に幸せな人生があったのか?という問いをなげかけているのではないでしょうか。
今までの「幸せ観」自体が形骸化したイメージなのではないのでしょうか。これからの企業の在り方も「幸せ観」自体を再定義していかないといけないのではないかと思います。