ジャーナリストの存在

安田純平さんの事件で、自己責任論が取りざたされる中、ジャーナリズムの在り方も問われるところだが、安田さんだけで話をしてはいけないように思う。

安田さんを含め、紛争地帯を取材するジャーナリスト全体としてとらえなければいけないのだと思う。危険を承知して、国の警告に反して、なぜそこに行くのかと言う声も自然だろうが、彼らは、そこに自分の生きがいを見いだしているからのはず。そうでなければ誰が好きこのんで行くだろう。

一方、社会は、そういった彼らのおかげで、そういった地域の状況が少しでもわかる。マスコミでも言われているが、それはとても重要なことではあるはずだ。危険な地域のことは何も知りませんでは成り立っていかない時代だろう。
ある面、社会がジャーナリストの生きがいに乗っかっている部分もなきにしもあらずではないだろうか。
そう言う面では、「国の警告を無視して行った彼らを助けるのはおかしい」という論理もバランスが悪くなる。
こういう場合にどういう背景で助かったのか、重要な情報は表に出てこないので、推測はできても真実は分からない。世の中、重要な情報ほど表に出てこないのだ。だから、白黒つけるのではなく、グレーな部分をうまく解釈していかないといけないと思う。

少なくとも安田さんは、仕事の実績を見ても一級のプロのジャーナリストだし、ネットで書かれているような「自称ジャーナリスト」でないことは明白で、その方が命をかけて取材しているということを念頭に置いておかないといけないのではないか。