まじめな話。:「アイデアの権利 」

先日、友人と著作権や特許などの話をしていて、
改めてアイデアの権利性について考えた。
以前、デザイン指導をしていた友人が中国で聞いた
「真似してなぜ悪いの?」という言葉の本質などを考えていると
必ずしも先進国の言う権利がすべて妥当であるということではないと思ってくる。

これらの権利にも特性としては2種類あると思う。
1)だれも思いつかないような発想やアイデアや意匠によって得た権利。
2)だれでも思いつくが、権利を持つ方法を知っていて早く行動したから得た権利。

1)は、やはり尊敬に値するしそれなりの権利が与えられるべきだが、
2)はどうなんだろう?

現在アイデアの権利は、基本的に早い者勝ちであるわけだが、
「早い」ことだけで社会的に影響の大きい権利を得られるのは、
それが果たして平等といえるのだろうか?
やはりこういった権利は「独創性」にあるべきではないのか。

仮に2)に権利が与えられたとしても1)と2)では差がついて当然だと思う。
しかし特許、実用新案などを見る限りでも、2)は実に多く、
加えて申請済みのものから少し変えるだけで新しい申請ができてしまって、
逆に1)の権利が侵されていたりする。

以前、松本零士と槇原敬之の歌詞を巡った争いがあった。
主観が介在するので断言はできないが、問題になっている歌詞は、
個人的にはでも誰でも思いつくフレーズだと思った。
その線引きは難しいとは思うが「誰でも思いつく」ことを
早い者勝ちで特定の権利にしてしまうのは平等とは言えないのではないか。
ただし、「独創性」の判定も難しいことではある。

それから考えると、オープンソース運動は健全だと思う。
権利ということを超えている。
最初にやった人は、偉いと思う。
そういう仕組みを作った人にこそ権利を与えるべきものかも知れない。

共存共栄、共有などが良くお題目に掲げられるが、
「早い者勝ち」はある面共存に反している。