「レンタルなんもしない人」

「何にもせず傍らにいるだけ」という超ユニークなサービスを行っている人がいます。「レンタルなんもしない人」。
すでに話題で本も出たり連載が始まったりしているようです。
ツイッターのフォロワーも11万人を超え、多くの人がその活動を楽しみにしているようです。名前も良いですね。「なんも」というところがいかにも「ただ傍らにいるだけですよ、良いですね?」とサービス内容の承諾を念押ししているようにも聞こえます。

依頼の内容は、様々で、記事によると、離婚届の提出の同行、痔の手術への同行、裁判の傍聴、医師国家試験の合格発表見届け・・・などなど多彩で、1日3〜4件の依頼をこなしているそうです。

収支が気になるところですが、「貯金を取り崩して行っている」そうなので、決して儲かってはいないようです。依頼したいと思っても、料金が見合わないと依頼しないだろうし、逆に特に決めてないからこそ依頼者が現れるのでしょう。
しかし、その依頼、つまりニーズ(=困っている、あるいはして欲しい)は、たくさんあるということですね。

社会というのは何らかの枠組みがあります。現代人はその中でい来ています。だから安心が得られるというのが社会の利点です。しかし、ものごとには必ず両面があるので、安心を得る代わりに、どこか息苦しさを無意識に受け入れているのではないでしょうか。そういった、息苦しさが「なんもしない人」を雇うことで緩和されるのではないのかなと思います。ある種のヒーリング効果というような。
以前読んだ動物のヒーリング効果の本で、動物病院の治療において、その病院が飼っている犬が傍らにいるだけで、治療に来た動物の様子や治癒が違ってくると言う話を読みました。

「なんもしない人」を依頼する人は、若い人が多いようだし、まだまだその効果について、商売として見合う対価を払う人は少ないのかも知れません。
しかし、この先、ネットコミュニケーションが発達し、社会の仕組みが複雑になると、息苦しさも増えて、こういうサービスへの価値が認識され、対価も見合うようになるのかも知れません。
また、ある意味「誰でもできる」ため、誰もが気軽に頼むという時代がやってくるのか?なんて思ったりもします。

「なんもしない人」に依頼がたくさん来るという現象は、これからの時代の何かヒントがあるような気がしてなりません。

いまは儲からないけど「なんもしない人」は依頼をこなしながら、とても貴重な仕入れをしている時期なのかも知れないなぁなどと思ったりもします。